第1章

冒険という選択

修練の洞窟

そそのかされた弟の声
悔しくて飛び出してきちゃったけど、頑張れば本当にお兄ちゃんの仲間に入れてもらえるのかな?
ううん、頑張るんだ。僕が臆病じゃないってことを証明しなきゃいけないんだ。……でも、暗いし、変な臭いもする……。頑張らなきゃいけないのに、やっぱり怖いよ……。
そそのかした兄の声
奥まで行って帰ってくれば認めてやるってあいつに言ったら、案の定あいつがこっそりと家を出ていくのが見えた。
臆病なあいつにはあの洞窟を攻略するなんてどうせ無理だろう。少し危ない魔物だっているし……。くそッ、仕方ないな……迎えに行ってやるか。

ゴブリンの洞窟

とある若者の手記
ゴブリンたちは、俺たちの村から奪った財宝を一体どこに隠しているんだ? 財宝部屋のようなものは見つけたが、そこに大したものは置いてなかった。
本当に大事なものは、別の場所に隠しているな。本当に小賢しい奴らだ。
新米冒険者の気づき 1
僕はゴブリンのことを、心のどこかで見下していたのかもしれない。まさか洞窟に落とし穴が仕掛けられているなんて、思いもしなかったんだから。僕は見事にその罠にかかり、足をくじいてしまった。本当に情けない。
でも、怪我の功名があった。穴の中で見たことのない装備品を見つけたんだ。……僕って本当は、運が良いのかも?

シリーズ:新米冒険者の気づき

北西の海岸線

探検のススメ 1
探検を始めたばかりの君、もしくはこれから始めようと思っている君へ。
探検に欠かせないものが何かわかるだろうか? そう、それは装備だ。より良い装備が、より良い探検を支えてくれる。そして、より良い探検によって、より良い装備が得られるだろう。
この好循環を起こすことができれば、君も立派な探検家だ。

シリーズ:探検のススメ

夢見る少女の便箋
この海の向こうにいるあなたへ。
どうかあなたに、私のたくさんの幸せとちょっとだけの寂しさが伝わりますように。そして、あなたの大きな勇気を、この島でずっと生きていく私にも分けてもらえますように。

古代の墓地

さまよえる戦士の呟き
……ココハ、ドコダ……。ワタシハ、ナニヲ、シテイル……。アア、クルシイ……ソレニ、ナツカシイ……。ココロガ……アツイ……。ワタシハ……ドコニ……ムカッテ…イ、る。
盗掘の極意 1
盗掘マスターを目指す君へ! 盗掘はいけないことだと言う大人もいるけど、躊躇ってはいけないよ。この世は弱肉強食。すべてのものは奪い奪われることで成り立っているんだ。
だから、思い切って飛び込もう。そして、素晴らしい盗掘ライフを!

シリーズ:盗掘の極意

新米冒険者の気づき 2
肝試し感覚で「夜に探索してみよう」なんて言った僕が間違ってた。アンデッドが夜にこんなに活動的になるなんて、なんで誰も教えてくれなかったんだ?
……それに、初めて見る奴もいる。明らかに強そうだし、僕たちでは敵わないだろう。こういう時にするべきことは一つ。ひたすら、逃げるんだ!

シリーズ:新米冒険者の気づき

風竜の爪痕

魔物生態研究報告書 1
この峡谷では、多数の翼を持つ魔物たちのほかに、風竜の幼体が確認されたわ。
幼体は思いの外たくさんの数が生息しているようだけど、不可解なことに、風竜の成体を見たものはいないようね。この謎を解く鍵を、私たちはまだ持ち得ない。ドラゴンとは何なのか。そのほぼすべてが謎に包まれているの。
幼体はどのようにして生まれ、そしていつ成体になるのか。私はその謎を解明したい。

シリーズ:魔物生態研究報告書

思いつめた女性の手紙
もう何もかも、投げ出したい。そう思って風竜の爪痕まで行ったけれど、結局、私は臆病だった。
でもね、不思議なことがあったの。崖の端に素足で立っていたら、谷底から突風が吹き上げたの。とっさに目を瞑っちゃったんだけれど、大きな影が飛び上がったのが確かに一瞬見えた。本当に一瞬だけ、その影の主と目があった気がしたの。その瞳がね、私の失敗も不甲斐なさも全部包み込んでくれるような……優しさをたたえていたの。
あれはね、きっと……ううん、やっぱり違うかも。……でも、私、もう少しだけ頑張れそう、そんな気分になれた。
ドラゴンハンターの日記 1
今日で115日目だ。
もし明日あの竜に出会えなければ、一度国に帰るしかない。奇跡を願う他はないが、今回の探索で大きな収穫もあったので、手ぶらではないのが救いだ。
二つの卵のうち一つは巣に戻しておいた。この卵から何が生まれてくるのか、実に楽しみだ。

シリーズ:ドラゴンハンターの日記

探検のススメ 2
魔物との戦いを有利に進めるために大事なことは、その魔物ごとに効果的な武器や攻撃方法を選ぶことだ。
例えば、空を飛んでいる魔物。素早く移動する彼らに特に有効なのは、槍や弓による攻撃だ。まっすぐ魔物へと向かっていくような「突攻撃」は、彼らの翼を貫き、大きな傷を与えることができるだろう。

シリーズ:探検のススメ

水門の町カカキ

とある門番の日記 1
今日もいい天気だった。やはり、取り立てて面白いことはなかった。いや、いつも通り取り立ては行なっているのだが、その取り立ては取り立てて面白くはないということだ。
明日、誰か強そうな奴は来ないだろうか。適当に難癖をつけて、思う存分戦ってみたい。
とある門番の日記 2
なぜ憧れていた兵士になったのに、こんな地味な仕事をすることになってしまったのか。その原因を考えていたら、お金はないが門を通りたいという輩が現れた。それなら川を泳いで渡ってくれと言おうとしてそいつを見たら、とても強そうだった。だからつい、口が滑ってしまった。
「俺に勝ったら、ここを通ってもいいぞ」
とある門番の日記 3
剣を抜いた俺を見て他の門番たちは目を丸くしていたが、すぐに俺とそいつの戦いに野次を飛ばしてきた。娯楽に飢えていたのは、俺だけではなかったのだ。
戦いの末に俺は勝った。最高の気分だ。領主様にバレないようにこれからも続けていこう、と仲間たちと約束をした。
次の獲物が、とても待ち遠しい。
グルメな命令書 1
水門の町は、下流で採れたお米を使ったパエリアが有名なのよ! パエリアには川でとれる甲殻類のしまった身がたくさん入っているらしいわ!
早くレシピをマスターして、私にも食べさせなさい!

シリーズ:グルメな命令書

黒霧の沼地

孤独な旅人の遺書
ダメかもしれない。濃い霧のせいで方向感覚を失ってしまった。それに、霧を吸い込み過ぎた。頭が朦朧として、手足がしびれてきた。視界もぼやけている。
生まれてからずっと独りぼっちだった僕にふさわしい、寂しい最期だな。でもせめてこの遺書を、僕が生きていた証拠として残しておこう。これで僕も、ほんの少しだけ世界に関わることができる。
願わくばこれを読む者よ。どうか孤独に死にゆく僕に、ささやかな祈りを。
誰かの注意書き
黒霧ばかりに目を奪われるな……。本当の危険は、沼地の中にひっそりと潜んでいるぞ……。
素人魔法使いの呟き 1
魔法の良いところは、敵に近づく必要がないってことね。毒々しいぬるぬるの魔物を殴ったり切ったりなんて、私は絶対いやだもの。そういうのは仲間に任せて、私は安全な後列から魔法を放ち続けるわ。
うーん、最高。

シリーズ:素人魔法使いの呟き

魔物生態研究報告書 2
この沼地の生態系は非常に特殊のようね。毒性のある霧の中で暮らせるよう、毒を体内に取り込むことができる能力を持っている。毒耐性を持つ魔物たちの楽園といったとこね。……それにしても、沼地の中心に向かうほど、霧が濃くなっている気がするわ。
沼地の中心部に霧の発生源があるのかしら? もし、その発生源が魔物だとしたら……面白いわね。早速、調べに行かなくちゃ。

シリーズ:魔物生態研究報告書

人食いの遺跡

亡き者の残留思念
油断した……。まさか、この遺跡全体が"罠"だったなんて……。
盗掘の極意 2
盗掘マスターを目指す君へ! 皆が危険だと口を揃える場所ほど、まだ誰も見つけていない宝物が眠っている可能性が高いぞ! でも探索には十分気をつけるんだ。命あっての盗掘だからね。
魅力的な宝物と自分の命をうまく天秤にかけられるようになれば、君はまた一歩、盗掘マスターへと近づけるはずだ!

シリーズ:盗掘の極意

亜熱帯の草原

気候学者の推察 1
どうやらこの辺りは、一年のうちある時期にだけ雨が降り続けるようだ。
雨が降る時、雲は東方から流れてくると聞く。つまり、遠く東方にある川や海から空へと上った水の魔力が雲となり、風が西向きとなる特定の時期にだけ、この地へと雨を降らすのだ。この草原に生えた草たちは、そのときに蓄えた水の魔力を使って、乾燥したこの地で生き延びているのだろう。
なんと、自然はたくましく、そして素晴らしいのだろう。

シリーズ:気候学者の推察

見習い交易商人のメモ 1
亜熱帯の草原を通るときは、とにかく魔物たちの群れに気をつけるんだよ。彼らにはそれぞれの群れでナワバリをもっていて、ナワバリの境界線に糞をするんだ。
だから注意深く周囲を見て、「ため糞」を見たときは決してそれ以上近づかず、大きく迂回するんだ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

親切な立看板
南西に進めば、香辛料の町ペペリ!
ずっとずっと北東に進めば(無事に進めれば)、水門の町カカキ!
新米冒険者の気づき 3
何日もこの草原で過ごしていて、僕は気がついたんだ。いつもナワバリ争いをしているオークとウェアウルフだけど、昼にはオークが、夜にはウェアウルフが優勢になるんだ。毎日毎日、攻守交代しながらナワバリを奪い合ってる。どちらが勝つわけでもなく、たぶんこれからもずっと彼らは争い続けるんだ。
……なんだかちょっと、かわいそうかも。

シリーズ:新米冒険者の気づき

香辛料の町ペペリ

傭兵の契約書 1
――傭兵ダムレイ。
我々盗賊団の用心棒として働くこと。報酬は1割。仕事を与えてやってるだけ感謝しろ。
契約は以上。

シリーズ:傭兵の契約書

とある傭兵の独白 1
なぜ俺が、仁義のない悪党どもの手助けをしなければならないのか……。しかし、背に腹は変えられない。皆を救うことに繋がるのなら、俺はどんな地獄に落ちても良い……。その覚悟は、してきたはずだ。
皆よ、すまない。

シリーズ:とある傭兵の独白

グルメな命令書 2
香辛料の町は、近くの草原の草花から作った香辛料と、それらをふんだんに使ったスパイシーなスープが有名なのよ! 口に入れると、とろりとしたスープが舌に絡みついてきて、少し後からピリッとしたホットな刺激が広がるらしいわ!
活力の源、百薬の長とも呼ばれていて、老化を抑える効果もあるらしいじゃない! 急いで食べないといけないわ! 早くレシピをマスターして、私にも食べさせなさい!

シリーズ:グルメな命令書

アキーク砂漠

見習い交易商人のメモ 2
目印のない砂漠を抜けるのは、想像以上に難しいからね。必ず空の太陽や星を見ながら進むんだよ。決して砂丘や風の方角なんかを目印にして進まないこと。あんなのは頼りにならないよ。
それに、人間はちゃんとした目印がないとまっすぐ歩くこともできない生き物なんだ。もし迷ってしまったら、一生砂漠からは抜けられないよ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

吟遊詩人の詩 1
恋い焦がれる少女に、悪魔が言った。「お前の恋を成就させてやろう。もし、この赤い砂漠の中から本物の赤い宝石を見つけられたらな」と。少女はそれから毎日砂漠に出て、赤い砂を拾い、宝石を探し続けた。少女はそして大人になり、宝石が見つからないまま、老婆になった。
死ぬ直前に老婆は砂漠に出て、悪魔にこう言った。「私は間違ってた。砂の中から宝石を探すような努力をするくらいなら、あの人に好きになってもらえるように自分を磨くべきだったのね」と。悪魔がにやりと笑い、老婆の魂を奪おうとしたとき、翼を持った獅子のような幻獣が現れて、こう言った。「ずっと見ていたぞ! そなたの努力を! 私が最期にその願い、叶えてやろう!」と。
すると、砂漠の赤い砂のうちの少しだけが、赤い輝きを放ち宝石へと変化した。老婆はその宝石を拾い、まるで幼い少女のように、たくさんの涙を流した。そして彼女の魂は、すでに先立ってしまっていた想い人のいる、天国へと召されていった。

シリーズ:吟遊詩人の詩

新米冒険者の気づき 4
砂漠のうだるような暑さは確かに辛いけど、それよりも砂の上が歩きづらいことの方がずっと厄介だよ。僕なんて、何度足を取られて転んだことか。
でも、転んでわかったこともある。それは、アキーク砂漠の赤い砂がとっても綺麗だってことだよ。鈍く輝いていて、まるで宝石みたいなんだ。そして、転ぶたびに砂粒を見ていたら不思議なことに気がついたんだ。中には、本当に赤い宝石、なんていうんだっけ、ガーネット? みたいに赤く輝く透明な石があったんだ。
これは、きっと価値があるんじゃないかな? 次の町に着いたらすぐに鑑定してもらおうっと。

シリーズ:新米冒険者の気づき

アキーク大砂丘

警備隊長の警備記録 1
本日も異常なし。
吹き抜ける風によって模様や形が変わる、いつものアキーク大砂丘。刻一刻と変わり続ける、いつまでも変わらない景色。私はこの景色を、この国の人々と共にずっと眺め続けていく、そんな平和な人生を願っている。
……そういえば、もうすぐ王妃様のご出産が近いらしい。国王様も近頃そわそわとしている。願わくば、正しき心を持つ王子が産まれてきて欲しいものだ。そして、新たな王子と共に、この国の平和を守り続けていきたい。そう、いつまでも。
魔物生態研究報告書 3
この砂漠には、いつか伝説の虫、デザートウォームが襲いに来るという言い伝えがあるらしいわね。
もちろんそれにも興味はあるけれど、この砂漠にはもっと確実に出会える強い魔物が潜んでいるというわ。強力な毒を持つ巨大なサソリだっていうじゃない。砂漠は虫に支配されることが多いのは、なぜかしら? 獲物が少ないせいで、大型の動物は命を繋げることが難しいから? 昼夜の温度差の激しい砂漠でも活動できるような機能を、虫たちの方が獲得しやすいから? いろいろ考えられるけど答えがどれなのかはわからないわね。
なんにせよ、百聞は一見にしかず。とにかく突撃あるのみよ。

シリーズ:魔物生態研究報告書

孤独な旅人の呟き 1
砂漠は落ち着く。誰からも後ろ指さされることもないし、砂漠は僕のことを気に留めるそぶりもない。これが、大自然というやつなのだろう。
星空を見ながらふと考えた。どうして僕は、人類の一員として産まれてきたのだろう。孤独な僕に、なぜ生が与えられたのだろう。
その答えは、いくら旅をしても見つけられなかった。もし死んだら、そのときに答えはわかるのだろうか?

シリーズ:孤独な旅人の呟き

アキーク王宮

アビヤッド王の日記 1
私たちに念願の子供達が産まれた。待ち望んでいた産声はなんと二つだった。二人とも男の子だ。これほどまでにめでたい日はないだろう。
皆の祝福の声を我が妻にも聞かせてやりたいが、彼女は少し疲れてしまったらしい。意識が朦朧としていて、私の呼びかけにも応じられないようだった。
彼女もはやく元気になるといいのだが。
警備隊長の警備記録 2
今日は皆が、仕事に集中できていないようだった。それもそのはずだ。昨日は、興奮と喜びと悲しみが一斉に押し寄せてきた、嵐のような1日だったのだから。
……新しい王子は双子だった。これでアキーク王宮も安泰だ。皆が歓声をあげてからしばらく後、その悲劇が伝えられた。ご出産の際に、王妃様が……。
芽吹く命があれば、散りゆく命もある……ということか。人には、そのタイミングを選ぶことはできない。ああ、神様はなんと残酷なのだろうか!
グルメな命令書 3
砂漠の町は、赤い砂のオアシスの近くにしか生えない赤いヤシの木が有名なのよ! その木からとれる赤いヤシの実を割ると、また赤くて甘いミルクが出てくるの! そのまま飲んでもとても美味しいようだけど、発酵させてヨーグルトにすると、酸味が加わってさらに美味しいらしいわ!
残っている実をぜんぶ買い占めて、急いで持って帰ってきなさい!

シリーズ:グルメな命令書

初代王のピラミッド

追悼の言葉
始祖の王、偉大なる王、導きの王。
居場所もなく行くあてもなかった我々に、王が授けてくださった全てのものを、我々は決して手放しません。家族を、生活を、国を、仲間を、これからも守り続けていきます。
我らが王よ。その崇高なる魂の行く末に数多の幸があらんことを。
幻獣事典 1
赤い砂の砂漠には、その地に国ができるより遥か昔から住む、1匹の幻獣がいた。
獅子の体に雄羊の頭、そして大鷲の翼を持つその幻獣は、砂漠に暮らすようになった人間たちのことが好きだった。砂漠に向いているとは思えない貧弱な体を持ちながらも、知恵と協力と工夫によってたくましく、そして慎ましく生き抜く人間たちが愛おしかった。人間を見ていると飽きなかった。
だから、幻獣は願った。この平和が永遠に続くようにと。
そして、幻獣は誓った。人間がいつか苦難に陥ったときには、その決意に応じて自らの力を貸すことを。

シリーズ:幻獣事典

警備隊長の警備記録 3
オシリス王子はとてもわんぱくだ。また勝手に狼に乗って、ピラミッドの方へと出かけてしまったようだった。砂漠は危ないと再三言っているが、その程度の注意では、オシリス王子の溢れんばかりの好奇心は抑えることはできない。これも王の資質というものなのだろうか。一方、セト王子は冷静だ。今日も書物庫にこもって難しい本を読み漁っているようだった。
二人の王子は不思議だ。同じ容姿で、全く対照的な性格。しかし、人々を惹きつける「何か」を二人とも確かに持っている。まだ幼い少年である二人のどちらかがいずれ次の王に選ばれても、きっとこの国は大丈夫だと思っているのは、私だけではないだろう。
砂漠の伝説 1
世界が大きく変わる時、地を揺るがすほど巨大な虫が現れる。虫は破壊の限りを尽くし、人々が積み上げたすべてのものを奪っていく。
そして、人々は選択を迫られるだろう。虫にすべてを奪われ、無の世界からもう一度やり直すか。それとも、虫に抗い、とめどない苦しみにもがきながら新たな朝焼けを待つか。
さあ、選ぶといい。その決断の先に幸多き未来があらんことを。
砂漠の伝説 2
虫に立ち向かい、朝焼けを望む者よ。その決意は誰のため? 目指す景色はどこにある? 険しい砂丘を越えた先には、さらに険しい砂丘が続いている。永遠の苦難に耐えるには、大理石よりも硬い精神を持つか、盲目になるしかない。
さあ、選ぶといい。正しいと思える選択が、本当に正しい道だと信じられるほどの愚直さを、これからも持ち続けることができるのならば。
新米冒険者の気づき 5
なんだかカッコいい三角の建物が見えたから入ってみたけど、いったい何が目的で建てられたものなんだろう? 中に人はいないし、入り組んでるし、アンデッドもいっぱいいる。でも不思議なことに、薄気味悪いのに、少し神聖な感じもするんだ。なんだっけ、この感じ? ずっと昔、僕は似たような感じの場所に行ったことがある。
あれは……そう、思い出した。……おじいちゃんの葬式の後に迷い込んじゃった、大聖堂の霊廟だ……。もしかして、この大きな建物ってお墓……?

シリーズ:新米冒険者の気づき

天地逆転ピラミッド

少年オシリスの冒険譚 1
その遺跡の入口を見つけたのは、偶然だった。
広大な砂漠の南西の端、王宮から遠く離れた場所を探検していたとき、背の低い四角い台座のようなものが視界の隅に見えたんだ。砂レンガでできたその小さな台座は明らかに人工物であり、なぜ誰も来ないこのようなところに、と私は不思議に思った。そして、台座にそっと触れてみると、閃光が放たれ、台座の上部になにやら複雑な模様が青く浮かび上がったんだ。
それは、魔術師が描く「魔法陣」のようなものだった。台座はゆっくりと滑り、階段が現れた。そのとき私はふと、探検するならセトと一緒がいいと思った。だから、もう一度台座に触れて蓋をしてから、急いで王宮へと戻ったんだ。
少年オシリスの冒険譚 2
半ば無理やり連れてきたセトと一緒に、私はその階段を降りて行った。もちろん恐怖はあったが、それ以上にわくわくしていた。心臓が脈打ち、わずかに呼吸が荒くなり、これが本当の冒険なのだと高揚したよ。……しかし、その頃の私とセトは、自分たちの実力を測れるほど賢くなく、それを過信してしまうくらい幼かったんだ。
入り組んだ遺跡の中は、恐ろしい魔物の巣窟だった。私たちは逃げ回るうちに、入口への道を見失い、そして途方に暮れた。わずかしか持って来なかった松明を節約して使いながら、私とセトは遺跡の細い行き止まりで身を寄せ合った。私はその間、恐怖に挫けそうになる弱い心を奮い立たせ、セトだけでもなんとか無事に帰らせることができないかと、必死にその方策を考えていた。
少年オシリスの冒険譚 3
しかし私たちは、魔物にあっさりと見つかってしまった。私はとっさに、セトに大きく息吸うように叫び、眠りを誘う白煙弾を地面に投げつけた。閉鎖空間での使用は自殺行為だったが、それ以外、少しでも生き長らえる方法が思いつかなかった。
すると突然、セトが私の腕を掴んで走り出した。息が苦しくて、少しだけ白煙を吸い込んでしまった。しかし、閉じそうになる瞼の先に見えたのは、入口だった。セトに導かれて遺跡を脱出できたんだ。喜びのあまりに叫ぶ私たちは、しかし、白煙の影響でそのまま夜空の下、砂の上で眠ってしまった。この苦い思い出こそが、私の最初の"冒険譚"だ。
……もちろん、父上にこっぴどく叱られたよ。でも、冒険がしたいという気持ちが薄れることはなかった。鍛錬してもっと強くなって、もっといろいろな場所に行って見たい。その気持ちがより一層強くなったんだ。
少年セトの決意 1
ある日の昼、書物庫で本を読んでいた私のもとに兄上が駆けてきました。そして、兄上は興奮した様子で、誰も気がついていないであろう遺跡に二人で一番乗りしようと言ったのです。
「二人で抜け出すなんて、大騒ぎになって後で怒られるに決まっています」と私が答えると、「なんだ、セトは行きたくないのか?」と兄上が不思議そうな顔をしました。その頃の私はまだ少年でしたから、本当は私も行きたいと思っていました。だから、そこまで言われたら仕方がないという態度をとりながら黙って本を閉じ、兄上について行ったのです。
少年セトの決意 2
私たちはそして、意気揚々と入り込んだ遺跡で凶暴な魔物たちに追い回され、迷子になってしまったのです。私は、ひどく後悔していました。なぜこうなることが予想できなかったのか、なぜあのとき冷静になれず、兄上を止めることができなかったのかと。
兄上は私に心配をかけないように、死の恐怖に震える私のことを何度も励ましてくれました。しかし、兄上の声も恐怖に震えていました。だから、私は必死に考えました。この遺跡の入口を見つける方法はないかと。
少年セトの決意 3
私は松明の炎が少しだけ揺れていることに気がつきました。それが何故なのか考えようとしたとき、魔物が現れたのです。私は絶望しました。背中は壁。目の前には巨躯の魔物。
しかし、兄上は諦めていませんでした。私に大きく息を吸うように叫ぶと、煙弾を投げたのです。魔物はすぐに眠りにつきました。そのとき私は、立ち込めた白煙が少しだけ流れているのが見えました。そう、風の流れが見えたのです。とっさに私は兄上の手を取って風上へと走り出しました。そして、辛うじて入口へとたどり着いたのです。
なんとか外に出て台座を閉めて、白煙の影響で眠りに落ちる寸前、私は思いました。もう、冒険はこりごりだと。そして、以来ますます冒険に入れ込むようになった兄上を見て決意しました。……私が国王になってこの国を守り、そして、兄上がいつか世界中を冒険できるように、王子という呪縛から解放してあげるのだと。
少女ナナの記憶 1
昼過ぎになってからやっと私は、2匹の狼がいなくなっているのに気がついたの。すぐにわかった。あの二人が勝手に探検に出かけたんだって。
そのとき私は思ったの。……どうして、私も連れて行ってくれなかったんだろう、って。きっとそのとき私はすでに、オシリスがしてくれる冒険の話に、憧れを抱いていたんだと思う。だから、悔しさと寂しさとちょっとの怒りでいっぱいになった私は、警備隊長に二人の脱走を伝える前にね、少しだけ独りで涙をこらえてたの。
少女ナナの記憶 2
オシリスとセトが警備隊長に連れられて帰ってきたのは、夜明け頃だったのを覚えてる。二人がいなくなってしまったことは町の人たちにも広まっていたから、みんなが夜通し砂漠中を駆け回って二人を探してたの。深い青に変わり始めた南西の空に、二人の無事を知らせる黄色の閃光煙弾が上がったとき、町の人たちみんなが安堵の声をあげた。
二人はね、それだけ慕われていたの。もちろん、私も二人のことが好きだった。でもね、あの日から本当にちょっとだけ、二人は変わってしまったの。どう変わったのかは、はっきりとはわからなかった。だけど、それがなんだか私にはちょっとだけ寂しく、同時に嬉しいことにも思えたの。
警備隊長の警備記録 4
ナナが、拙い足取りで私のもとに走ってきて、王子二人が一緒にどこかへ行ってしまったと涙ぐみながら言った。私はすぐに国王様に報告し、警備隊員総出で彼らを探し始めた。しかし、一向に見つからない。そのうちに日は暮れて、噂を聞きつけた町の人々が捜索に参加してくれたにもかかわらず、行方はわからなかった。
そして、もう夜明けが近いという頃、私は砂漠の南西の端に、二人がいつも乗っている2匹の狼がいるのを見つけた。狼たちのすぐ隣には、砂漠の上で身を寄せ合って眠る二人の王子の姿があった。本当に無事で良かったと私は心の底から安堵した。
これ以上の悲劇は、この国には起きて欲しくなかった。二人の寝顔はとても穏やかで、それはまるで神話に出てくる双子座の兄弟のように整っていた。しかし、まだ二人とも10歳になったばかり。月明かりに照らされたその顔にはあどけなさが残っていた。
……一体こんな何もない場所で二人は何をしていたのか? その答えを見つけられないまま、私は明けゆく空に黄色の閃光煙弾を放った。
アビヤッド王の日記 2
我が息子たちが探検に出かけ、夜明けまで見つからなかった。オシリスとセトのことを夜通し探してくれた警備隊員たちや町の人々には、感謝しかない。私たちはなんと素晴らしい民たちと共に暮らすことができているのだろうか。彼らに心配をかけるような行為をするのではないと、私は二人を今までで最も厳しく叱りつけた。
ああ、天に召されし我が妻よ。どうか愛する二人の息子たちが、幸福で充実した平和な日々を歩み続けられるように、私と共に願ってくれないか。私が地上から、我が妻が天から二人の成長を見守れば、きっと未来は明るい。そう思えるのだ。
とある騎士の怒り
……この世界は歪だ。生まれながらにして上に立つ者たちが、下の者たちを靴の裏で踏みつけ、さらに高い場所を目指していく。地を這いつくばる者たちは、上を目指す者たちの足首を掴み、引き摺り下ろそうとする。なんと醜く、そして愚かなのだろう……。
私は決心した。残りの生涯のすべてをかけて魔力を練り続け、私の命が散る寸前に魔法を放つのだ。世界のすべてを"逆転"させる、禁忌の魔法を。……これは、権力に囚われ、重力に縛られ、目指すべき方向を見誤った者たちへの、私の最大限の皮肉だ。
朽ちかけた手紙
あなたのこ……、救…なく…、ご………さい。…なたは………界…絶望して…………のね。あな………と、……愛…………いればよ……た。……は逆……なか……わ。待っ……。今、私が迎え…………ら。

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第2章

過去に縛られし者たち

ウィンドリア高原

孤独な旅人の呟き 2
なんて美しい草原なんだ。この草原の美しさを正確に伝えるための言葉を、僕は知らない。旅は僕にたくさんの感情を与えてくれる。でも僕の中に生まれた色彩豊かな感情たちは、誰に届くわけでもなく僕一人の中で完結する。それはとても儚いけれど、しかしとても尊いもののような気がする。
僕はこの気持ちを大切にしたい。心の輝きがきっといつか、僕を途方もない孤独から救ってくれるように思えるから。

シリーズ:孤独な旅人の呟き

気候学者の推察 2
アキーク砂漠を西に抜けると、美しい緑の高原が唐突に現れる。緑が多いということは、水の魔力を豊富に蓄えているということ。砂漠は年中乾燥しているというのに、なんとも不思議なことだ。まるで水の魔力が抜けることのできない結界が、砂漠と高原の間に張られているようだ。
私はこの結界の正体が、「地面」にあるのではないかと思っている。砂漠は赤い砂でできているが、高原は黒い土でできているのだ。地面と天候、そして植物との関係。しばらくはここで観測を続けることにしよう。

シリーズ:気候学者の推察

遊牧民の日記 1
この高原に生える草花は、成長がとても早い。年に数回訪れて馬や羊たちに思う存分食べさせても、いつも元どおりの美しい景色が広がっているのだ。
ずっとこの場所で放牧していても平気ではないのかと息子が聞いてきたので、それだけは絶対にしてはいけないと教えた。私たち遊牧民は自然によって生かされている。その感謝の念を忘れた遊牧民によっていとも簡単に自然は壊され、そしてそれは、自らの首を絞めることに繋がるのだから。

シリーズ:遊牧民の日記

いにしえの原生林

新米冒険者の気づき 6
森の中を歩くのがこれほど大変だなんて、想像もしてなかった。太陽も月も隠れちゃうと薄暗くて方角もわからないし、どれだけ歩いたのかもわからないから終わりが見えないんだ。もしかしたらこの森に終わりなんてなくて、僕は一生歩き続けないといけないのかもしれない。
でも、わかったこともある。この森の魔物は僕たち人間を恐れている。だから、堂々と歌を歌いながら歩いた方がいいんだ。みんな最初は恥ずかしがってたけど、今ではまるで合唱団みたいだ。さて、明日は何を歌おうかな。

シリーズ:新米冒険者の気づき

探検のススメ 3
探検の途中で皆がボロボロになり、それまでに得たものをすべて失くしてしまうことがあるだろう。そんなときは、「初めから無理をしない」という選択肢があることを思い出そう。
全滅してしまう前に帰って来れば、多くを得ることはできないが、少ない報酬を確実に得ることができる。焦らず一歩ずつ前に進んでいけば、大きな山の頂きにだっていつかはたどり着けるはずだ。

シリーズ:探検のススメ

魔物生態研究報告書 4
人の手が及ばない原生林。何千年も前から続く森だというけど、そもそも森って、始まったり終わったりするものなのかしら? きっと世界が生まれたときにこの森も生まれ、この森に棲む魔物も一緒に生まれたんだわ。とても神秘的ね。
世界が始まったその日から命を繋ぎ続けてきた、太古の魔物を一度見てみたいわ。森の王者、世界を統べる暴君の姿をね。

シリーズ:魔物生態研究報告書

群青運河

船頭の日記 1
近頃、波が騒がしいんだ。何か良くねえことが起こるんじゃねえかって、そんな気がするぜ。何処かの誰かが、悲しみに溺れちまうような、悪ぃ予感がするんだ。
俺にゃ関係ねえことかも知れねえ。だが、同じ太陽の下で働いてる仲間なんだ。そいつの幸せを願ってやることくれえは、したっていいだろうさ。
船頭の日記 2
この先は魔法都市なんて呼ばれちゃあいるが、魔法にとんと疎い俺には関係ねえことだ。だが、それでいいんだよ。人には得意不得意ってもんがある。どんな偉大な魔法使い様だって舟に乗る。舟は船頭がいなきゃ動かねえ。俺のできることなんかたかが知れてるが、それでも俺のできることをして生きていく。
つまり、世の中っていうのは、そうやって上手いことできてんだ。
船頭たちの唄
風が吹く日にゃ、波がたち、鳥が騒ぎゃ、魚が跳ねる。俺たちゃ名無しの、道しるべ。
世知辛ぇなら、舟に乗り、愚痴を垂らして、捨てちゃいな。
雨も曇りも、気にしちゃ終ぇよ。よろずが川に、飲み込まれ、染められちまぇば、群青色。
ゆらりゆらりと、揺れながら、夜明けを待つのも、悪かねぇ。
魔法都市ゼインの船頭認可証
希望の賢者ゼインの名において、その方を運河の船頭として認める。大きな川にたゆたう小舟であれど、舟は人々の足となり、道となる。これからも精進せよ。
見習い交易商人のメモ 3
乗せてくれる船頭を選ぶときには、そいつの顔をしっかりと見るんだよ。目がギラついていたり、笑顔が大袈裟だったり、やたらと良いものを身につけていたりしたら、ぼったくられる可能性があるから注意しな。
人の心は、必ず顔のどこかに表れるんだ。商人たるもの、その見極めができなきゃ生きていけないよ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

魔法都市ゼイン

グルメな命令書 4
魔法都市ゼインには、森の奥に潜むトカゲのような魔物の心臓と、一年のうち最も寒い晩にしか咲かない花の蜜と、塩水に7日間浸したプラムを鍋に入れて、丸1日かけて煮詰めたソースがあるそうよ! なんでも体の中の悪い魔力を全部外に出してくれる効果があるらしいけど、上級魔導師にしかうまくつくれない幻のソースだっていうじゃない!
あなたには無理かもしれないからなんとかしてそれを手に入れて、早く持って帰って来なさい!

シリーズ:グルメな命令書

黙示録教団助祭の記録 1
最近、司教様と大司教様が二人でお話しされているのをよく見かける。司教様はその位階を授けられたばかりだというのに、もう大司教様と密接な繋がりを持っていらっしゃる。
司教様は確かに素晴らしい魔力と精神をお持ちだが、以前はどこで教えを広めてこられたのか、誰も知らないらしい。謎多き方ではあるが、私は司教様の底知れぬ魅力に強く惹かれている。私も司教様のように、深みのある聖職者となり、より多くの人々を救済したいものだ。
素人魔法使いの呟き 2
魔導師の聖地って呼ばれてるから来てみたけど、なんていうかすごすぎ。みんな強い魔力をプンプン放ってるし、もう町全体が一つの魔力の塊って感じね。高品質な杖も買えちゃったし、珍しい薬草とか魔法具とかはいっぱいありすぎて困っちゃうくらいね。
ここにしばらくいるだけで、きっともっといろんなことを学べるはずだわ。あれ、私ってこんなに真面目だったっけ?

シリーズ:素人魔法使いの呟き

地主組合からの通達
大きな赤い体のドラゴニュートの男と、銀色の髪のエルフの少女の二人組には注意すべし。貸家破損被害が多数発生中。
なお、組合は修繕費用の肩代わり等は一切行いません。
魔法具商店の広告
ただ今、特別セール中! 持っているだけで魔力が30倍になる秘密の壺! 飲むだけであら不思議! どんな方でもモテモテになっちゃう魔法の水! え、なんでこんなところに大金が落ちてるの!? お金と幸運がどんどん舞い込んでくる最高級魔法財布! 超大賢者も納得の効果証明書つき!!
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魔法管理局の求人募集
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ユニコーンフォレスト

幻獣事典 2
深い森の広場には、白銀の一本角を伸ばした美しい幻獣が棲んでいる。白馬のような姿だが、きらめくほどに艶やかな毛としなやかな筋肉が、ただの獣とは圧倒的に異なる高い品格を感じさせる。
その幻獣はあらゆることに興味があり、同時にあらゆることに興味がない。気まぐれに人間の前に姿を現し、難病に苦しむ子供を治したり、死にゆく老人の最期をただ見届けたり、戦争を仕掛けようとする独裁者に何かを問いかけたりと、その行動には一貫性が見られないのである。
しかし、一角獣には一角獣の誇りと矜持があるはずだ。あらゆる邪悪を払い、ときに生と死を司るとされるその幻獣は、いったい何を想いながら時を過ごしているのだろうか。

シリーズ:幻獣事典

吟遊詩人の詩 2
幼い少女が顔をくしゃくしゃにして大声で泣きながら、鬱蒼とした森の中を歩き回っていた。「何をしているんだい?」と見かねた一角獣が少女に声をかけた。白馬のようなその一角獣は、この森に棲む幻の獣だった。
少女は鼻をすすり、涙をぬぐいながら答えた。「ママが死んじゃったの……。それで、だれかが、ユニコーンっていう動物ならママを元に戻せるかもって言ってたの……。だから……」と。一角獣は静かに答えた。「死は、巻き戻せないんだ。君は、死が悲しいかい?」と。少女はその問いかけに、より大きな声で泣くだけだった。
「死と再生は隣り合わせなんだ。死があるからこそ豊かな生がある。君の悲しみは、きっと未来の強さになる。だから今は思いっきり泣くといいよ」。そう言って一角獣は少女に身体を寄せ、草の上に座り込んだ。少女は一角獣を抱きながら一晩中泣き続け、そしていつしか安らかな眠りについた。
朝日が昇る頃、家の前の草むらで目を覚ました少女は、その心に残る大きな悲しみと、手のひらに残るわずかな温もりを確かに感じていた。

シリーズ:吟遊詩人の詩

密猟者の愚痴
俺ぁ、この目で見たのさ。長いツノを持つ白い獣をな。いつか狩ってやろうと思って、毎日毎日探しに行ったのさ。でも、姿を見せたのは最初の一度っきり。全然姿を見せやしねえ。そのうちに白い獣を見たっつう奴らが現れるじゃねえか。そのとき、俺は直感したね。わざと俺以外の奴に姿を見せてやがるって。俺をおちょくるためにな。
だから、森を焼いてやろうと思ったのさ。それで火を持ち込んで適当な木を燃やそうと思ったが、なぜか火がつかねえんだ。おかしいなと思ったときには、俺の服が燃え始めていたんだ。なんとか火は消せたが、おかげでボロボロの素っ裸同然の姿になっちまった。クソみてえに悔しいが、あいつを狙うのはもうやめだ。分が悪すぎるぜ。

教会への裏参道

黙示録教団助祭の記録 2
黙示録教団には裏参道があるが、そちらを通って来る人は滅多にいない。険しい山道が続いており、魔物も多く棲んでいるからだ。今日司教様が裏参道へと向かって行ったので隠れてついて行ってみると、怪しげな魔導師たちに何か命令を下しているのが見えた。魔導師たちはただ頷き、どこかへと行ってしまった。
……あれは、何だったのだろうか。魔導師は明らかに教徒ではなかった。司教様は、何か隠していらっしゃるのではないだろうか。
裏道マニアの徒然草 1
心沸き立つ裏道には四つの条件がある。
一つ目は、表の道に比べて圧倒的に人通りが少ないこと。合格。二つ目は、表の道が有名であるにもかかわらず、裏道の存在が全く知られていないこと。微妙だがぎりぎり合格。三つ目は、道が険しかったり細かったりうねっていたりして先が見えないこと。合格。四つ目は、道の果てに突如現れる建物や場所が、素晴らしいこと。建物自体は素晴らしいが教団は怪しいので不合格。
ちょっと惜しいもののワクワクする見事な裏道だ。

シリーズ:裏道マニアの徒然草

古びた案内板
この先、落石注意。魔物注意。クマ注意。毒ヘビ注意。

裏門

傭兵の契約書 2
――傭兵ダムレイ。
もし裏門から冒険者がやって来たら、追い払いなさい。殺しても構いません。もし来なかった場合でも報酬は言い値で払いましょう。以上。
黙示録教団司教、トウホ。

シリーズ:傭兵の契約書

とある傭兵の独白 2
香辛料の町でよくわからない冒険者たちに負けてから、俺は西へ西へと流れてきた。しかしなぜか、俺を雇った暴漢たちのうち何人かがついてきている。しかも、俺のことを兄貴と呼んでくるのだ。
俺は……誰かに慕われるような人間じゃない。無視しているが一向に離れる気配はなく、そのまま怪しげな教団の仕事を受けることになった。これでまとまった金が手に入る。……皆を、今度こそ救うことができるのだ。

シリーズ:とある傭兵の独白

黙示録教団助祭の記録 3
近頃、裏門にガラの悪い傭兵たちがたむろしている。噂によると、どうやら司教様が雇ったらしい。大司教様もそのことについて何もおっしゃらないので、おそらく容認されているのだろう。しかし、私たち助祭だけでなく、司祭様方もその経緯をご存じではないようだ。教徒たちの中に表立って何かを言う者はいないが、皆が不信感を募らせているのがよくわかる。
……本当に司教様は、何を考えていらっしゃるのだろうか。私は、このまま黙っていて本当に良いのだろうか。

黙示録教団の大聖堂

黙示録教団の教え
黙示録はかく語りき。
世界の終わりは程近い。人の穢れと人の罪が呼ぶ大いなる厄災によって、世界は混沌の渦に飲まれるだろう。そのとき、人の魂は秤にかけられる。限りなき死を得るか、限りなき生を得るか、魂の清らかさがその行先を決めるだろう。
人よ、穢れを知り穢れを落としなさい。人よ、罪を知り罪を赦しなさい。一つでも多くの魂に救いをもたらさんがために。
『不老不死を求めて』
不老不死を求める同志よ。我は古今東西のあらゆる書物を読み漁り、死を免れる方法を探してきた。各地に数多の伝説があり、それらを一つ一つ試していったが、いずれもただの迷信、根拠なき妄想であった。
しかし、たった一つだけ、我が試すことの叶わなかった方法がある。それを行えば永遠の命を手にすることができるだろうと我は確信している。しかし、我にはもう時間がない。我は残りの命を懸けて、この本にすべての知識を書き記すことにしよう。同志よ。どうか我の代わりに永遠の命を手にしてくれたまえ。
――薬師 トキジク
黙示録教団助祭の記録 4
何か大事な儀式があるからと、大聖堂やその周辺から人払いをするように言われた。大司教様と司教様だけで儀式を行うようで、これは極めて異例のことだ。いったい何が行われるのだろう……。なぜ、私たちには何も伝えられないのだろうか。階位は違えど同じ教徒であるはずなのに。
よし、司教様に直接聞いてみよう。人払いでもう誰もいないかもしれないが、大事な忘れ物をして戻ってきたとでも言えばそこまで怒られないはずだ。大丈夫、演技力には自信がある。さりげなく、さりげなくだ。
ガラス職人のこだわり
完璧なステンドグラスってのは、それがガラスだってことを感じさせねえんだ。まるで本当に神がそこにおわすように感じさせねえといけねえ。だから俺はステンドグラスを作ってるとき、「ガラスを作ってる」って思ってねえのさ。実際に「神を作ってる」って気分でやってんだよ。そうすりゃ良いもんができんのさ。わかったか?
大司教の嘆き
ああ、老いを感じる。私はこのまま干からびて、もうすぐ死んでしまう。私がこれまで築き上げてきたすべてのものが無に帰すのだ。なぜ、人には死があるのか。私はその答えにたどり着くことができなかった。ああ、老いたくない。ああ、死にたくない。
……神よ。なぜこのような無意味な世界を創られたのか。人は短すぎる命の中で、いったい何を成せるというのか……。

地下水路

探検のススメ 4
闇雲に攻撃するだけでは、立ちはだかる敵に勝てないこともあるだろう。そんなときは、「状態異常」を試してみることだ。とくに毒、睡眠、混乱の三つは使いやすい。あれほど強大だった敵が、わずかな毒に苦しみ動けなくなる様子は、君の価値観、いや戦闘観と言った方がいいかな。それを大きく揺るがすはずだ。
……嗜虐的だって? そうかもしれないな。しかし、偉大なる探検家を目指す者なんて、誰しもが嗜虐的で被虐的なのだと私は思うのだ。

シリーズ:探検のススメ

魔物生態研究報告書 5
物は試しと思って来てみたけど、本当に地下水路があるなんて思ってなかったわ。古代人が作り、長い間使われていなかったのなら、独自の生態系が築かれているはずよね。一体どんな恐ろしい姿の魔物が出てくるのかしら……楽しみで仕方がないわ!
……あれ? 今、何か鳴き声がしなかったかしら。小さく……ゲコ、ゲコって……。

シリーズ:魔物生態研究報告書

考古学者の知見 1
歯車の遺跡の調査に向かっていた私は、偶然にも、おそらく人工的と思われる横穴を山間部で発見した。
穴が崩れないようにその壁と天井を囲う石はひび割れて崩れているところも多く、作られてから長い年月が経過していることがわかった。穴の地面には太い溝が掘られた石が敷き詰められていて、おそらくこの穴が水路として使われていたことを物語っていた。山の水を麓まで届けるための水路だろうか。しかし、この地域は近くに川もあり、わざわざ山間に水路を作らずとも事足りるはずだ。いったい何のために?
水路にはところどころ古代文字が書かれている。はるか昔に戦争によって滅びたという古代人の技術力に私は畏怖すると同時に、彼らの行動の不可解さに薄気味悪いものを感じたのである。

シリーズ:考古学者の知見

ゼイン魔法アカデミー

グルメな命令書 5
魔法都市ゼインの名門アカデミーでは、子供たちに野菜の栽培をさせているそうよ! なんでもその年の卒業生が野菜の種に魔法をかけて、より美味しくなるように改良する習わしがあるらしいのよ! 200年くらいかけて改良されてきた野菜よ! それをゴロゴロ入れて作るアカデミー特製のホワイトシチューが絶品だっていうけど、当たり前じゃない!
なんとかして譲ってもらいなさい! ダメそうならアカデミーに志願しなさい! 仕方がないから、あなたが卒業するまで待ってもいいわ!

シリーズ:グルメな命令書

素人魔法使いの呟き 3
……私、見ちゃった。魔法アカデミーの名門があるって聞いたからちょっと覗いてみたら、ほんとにちっちゃな子供たちが私も使えないようなすごい魔法をポンポン放って、訓練してたの……。なんか私、あまりのショックでしばらく放心状態だったみたい。もっと頑張らなきゃって熱い気持ちと、もう絶対に勝てないっていう敗北感が心の中でケンカしちゃって、もうどうしたらいいかわからないわ。
……とりあえずお風呂に入ってすっきりしようかな。あーあ、私も誰かすごい魔導師に魔法をちゃんと教えてもらいたいな。

シリーズ:素人魔法使いの呟き

魔導師士官候補生の妄想
校長先生はとっても優しい。魔力もすごく強くて、憧れちゃってる。俺もいつか校長先生を超える魔導師になって、アカデミーの校長先生になりたいなあ。そうしたら、校長先生は副校長先生に降格になっちゃうのかな? ふふふ、校長先生に恨まれちゃったりして。でも、実力主義なら仕方ないよね。
魔導師士官候補生の夢
僕は、お父さんのような偉大な魔導師になりたい。僕のお父さんは、海の向こうにある港町で王宮魔導師をしてる。王宮魔導師は、町のみんなの悩みを聞いて、どんな風な町にすればいいかを考える仕事なんだ。魔法を使って道を敷いたり、魔法を使ってトンネルを掘ったり、魔法を使って大きな建物を建てたりするんだって。
え、魔法は必要ないって? わかってないなあ。魔法を使うからカッコいいんじゃん。
魔導師士官候補生の今
アカデミーの授業は楽しいし、みんなも優しくて大好きだけど、このままでいいのかわかんない。私は、どんな魔導師になりたいかうまくイメージできないの。みんなにはいろんな夢があるみたいだけど、私にはない。
でも、正直そんなに不安は感じてないの。だって今が楽しければ、それでいいでしょ? それに、楽しい今がずっと続けば、その先も楽しいはずだもん。
魔導師士官候補生の懸念
私の国はずっと戦争してるの。女の子の私は剣を握っても強くなれないからって言われて、このアカデミーに無理やり連れてこられた。卒業したら国に帰って、戦争を指揮しないといけないの。私、ここで学んだ魔法を使って人を傷つけるなんて、絶対イヤ。魔法は人を助けるために使うんだって教えられたもの。
どうしたら、戦争を止めることができるんだろう……。こんなことになるなら、魔法の才能なんてなければ良かったのに……。
ジーニャ校長の理念
ゼイン魔法アカデミーは子供たちに魔法を教える場所ですが、それ以上に、正しい心を学んでもらうための場所なのです。私は、偉大な魔導師とは強力な魔法が使える者のことではないと、彼らにいつも言っています。私の言葉が彼らの心にどれほど届いているのかはわかりません。
願わくば、たくさんのことに悩みながらも常に希望を持ち続けて欲しいのです。自分が何者になるべきか、なりたいのかを、常に考えて欲しいと思っているのです。
賢者ゼインの予言
今から200年近くが経った頃、冒険者たちがこのアカデミーに迷い込んでくるだろう。彼らは、言葉を話す不思議な本を持っている。その者たちを丁重に迎え、そして助けるのだ。この予言が当たる確率は限りなく低いが、あるいは必ず当たるとも言えるだろう。彼らを助けることが、きっと世界を救うことに繋がるはずだ。
絶対にこの予言を風化させてはならない。必ず200年先まで伝え抜くことが、このアカデミーの使命だ。

歯車の遺跡

考古学者の知見 2
歯車の遺跡の中には誰も入れたことがないという。なぜなら入口が見当たらないからだ。考えられる可能性は二つ。入口がそもそも存在しないか、何らかの方法によって入口が現れるかだ。
しかし、監獄にさえ扉があるというのに、入口のない建物に何の意味があるのだろうか? それではただの石の塊だ。するとやはり入口が隠されていると考えるのが妥当だろう。壁の歯車に書かれた古代文字を完全に解読することができれば、何かがわかるかもしれない。しかし、古代文字の解読はまだ誰もできていない。ううむ。これは、八方塞がりかもしれない。

シリーズ:考古学者の知見

壁に書かれた古代文字
壁は、人と人とを遮るもの。壁は、国と国とを隔てるもの。壁は、嘘と真実とを分かつもの。
壁に隠された向こう側の景色を、人はいつしか忘れてしまうだろう。
天井に書かれた古代文字
天から人を眺むるは、神であるか悪魔であるか。人知を超えし存在から身を隠すため、人は住処に蓋をした。
しかし、罪が消えることはない。心には、後ろめたさが残るだろう。
台座に書かれた古代文字
権力者は、台に乗る。優れた戦果を残した者は、台に乗る。美貌をひけらかす者は、台に乗る。
台の高さが人の優劣を示すなら、今にも処刑されそうな者も、きっと優れているのだろう。
歯車に書かれた古代文字
歯車が回れば、天地が回る。歯車が止まれば、時が止まる。
どれほど灯りが乏しくとも、歯車を回すことを止めてはならない。死と再生を幾度となく繰り返しながら、人は巡り巡るのだ。

古代図書館

戦争の記録 1
人は木の棒を持ち、石のナイフを持ち、骨の弓矢を持ち、銅の棍棒を持ち、鉄の剣を持ち、鉛の銃を持ち、合金の大砲を持ち、そして恐るべき兵器を手にした。
かつては諍い程度だった人同士の争いも、凄惨たる殺し合いとなり、そして行き過ぎた力によって、それはまるで喉元に突きつけたナイフを動かした瞬間にお互いが破滅するような、究極の膠着状態となった。
戦争の記録 2
しかし、あらゆるものに始まりがあるように、あらゆるものには終わりがある。膠着状態を保ち続けるためには、腕の力はあまりにも疲弊し、足腰はもう崩れる限界のところにまで来ていた。
そして、終わりは唐突に訪れた。永遠に同じ姿勢を保ち続けなければ生き残ることのできない状況に耐えかねて、人々を留まらせるための我慢の杭がついに瓦解してしまったのだ。
戦争の記録 3
まるで零れ落ちた水を拾うことができないように、一度崩れてしまった均衡を誰も取り戻すことはできなかった。死の暴流が、人々を流し尽くしたのだ。
そして、すべてが泥水に埋もれ、そこから小さな若芽が生えてきた。死を免れたわずかな人々は、大きな罪の重みをその背に感じながら、それでも再び、木の棒を拾い上げた。
『罪の書』
すべての人に等しく罪がある、と誰かが言う。
しかし、罪の重さは人によって違うはずだ、と誰かが答える。
罪を軽くするにはどうしたらいいのか、と誰かが聞く。
善い行いをして贖罪するしかない、と誰かが言う。
そこまでして罪を軽くすることに何の意味があるのか、と誰かが呟く。
しかし、その疑問には誰しもが口籠もる。
それこそが人間の愚。
人間の本当の罪とは、罪を理解できないことそのものなのだ。
『禁忌の書』
人が強大な力を手にしたとき、人が滅びるだけならまだマシだ。もしかすると、この星すらも破壊してしまうかもしれない。ならば、人が大きすぎる力を行使する前に、邪悪な力のすべてを洗い流してしまう手段が必要だ。そう、すべてを飲み込む「大洪水」によって。
言わずともこれは禁忌の魔法だが、私は躊躇わない。すべてが無に返っても、また最初からやり直せばいい。そしてうまくいくまで試行を重ねるのだ。私は、人の本当の"力"を、信じている。それは誰かを殺すための力ではない。誰かを幸せにするための"力"のことだ。
『可能性の書』
未来が辿る道はたった一つだけだ。ならば、初めから未来は決まっていると言ってもいいだろう。とすると、「可能性」とは何だろうか。現在から見た未来のありうる姿、つまり可能性とは、ただの幻想にすぎないのかもしれない。
人は可能性を信じて、希望を抱く生き物だ。夢を見て、その夢を糧に新たな夢を見る。無から無を生み出し続けるこの奇妙な生き物のことを、哀れだと思うか幸福だと思うかは、あなたに任せよう。

賢者ゼインの識界

賢者ゼインの思い出 1
私たちの旅は、これ以上ないほどに楽しいものだった。雪山に登り、大海を渡り、砂漠に迷い、洞窟に潜り、未知の遺跡を探索し、虹の橋を渡る。多様な景色を眺め、たくさんの人と出会い、世界の大きさを肌で感じた。
永遠の苦しみの中で私の心の支えとなるのは、まるで宝石箱のようにきらめく、あの旅の思い出たちなのだ。
賢者ゼインの思い出 2
旅は楽しかったが、もちろん楽しいことだけではなかった。辛い別れもあり、悲しい出来事や、自分の無力さに打ちひしがれることだって一度や二度ではなかった。しかしそれらの思い出も全部、私の大切な宝物だ。
旅は私に、世界を教えてくれた。旅は私に、人生を教えてくれた。そして、旅は私に、希望を教えてくれたのだ。
賢者ゼインの思い出 3
あのときの私たちの選択が、本当に正しかったのか、今でもわからない。私にたくさんの宝物をくれたこの世界を大洪水から救おうと、とにかく必死だった。世界を永遠の檻に閉じ込めたことで、きっと不幸になってしまった人もたくさんいるだろう。私たちの罪の重さは、例えようのないほどに大きいのだ。
だから、君たちにすべてを託したい。私たちの罪を赦し、世界を救ってほしい。それが、旅の果てに永遠の苦しみに落ちてしまった私の願いだ。
アルテス・デンドルライトへ 1
君はいつも明るくて、本当に眩しかった。でも、君は人の痛みを知るとすぐに涙を流した。君は人が苦しんでいるとすぐに救おうとした。
旅の途中で気づいたよ。君は人間という生き物が、大好きだったんだ。世界を救う英雄は時に冷徹だなんて言われるけれど、私は違うと思う。英雄は、人の苦楽にいつだって寄り添うことができる、君のような人間のことだ。
私は君からたくさんのことを学んだよ。冒険心を持つことの大切さも、その一つだ。君が私を冒険に誘ってくれた日のことを、私は今でも覚えているよ。こんなことになってしまったけれど、私は冒険に出たことを後悔していない。
アルテス。私に大切なことをたくさん教えてくれてありがとう。また君と、夜が明けるまで語り合える日を、心の底から楽しみにしているよ。

シリーズ:アルテス・デンドルライトへ

アジーナル平野

新米冒険者の気づき 7
長閑な平野だからって、魔物も呑気な性格をしてるとは限らないんだね……。まさか町の近くにある、こんなに普通っぽい平野で全滅するなんて想像もしなかったよ。自警団の人たちが来てくれなかったら、本当に危ないところだった。
僕ってやっぱり、まだまだ未熟だったんだ。……強く、なりたいな。

シリーズ:新米冒険者の気づき

見習い交易商人のメモ 4
平野を抜けたいなら、必ず自警団についていくか、用心棒を雇うんだよ。ここらは、平穏な見た目に油断した商人たちが、たくさん魔物に喰われてるって有名なんだ。
商人は商売をするのが仕事だ。ちょっと旅をしたからって、絶対に過信するんじゃないよ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

遊牧民の日記 2
北にある町は「魔法都市」と呼ばれている。どうやらお偉いさんの魔導師やら将来を見据えて教育を受けさせられる子供たちやらがたくさんいるようだが、私たち遊牧民には縁のないことだ。
……しかし最近、息子が木の棒を振りながら何かを大声で叫んでいるのを見かけてしまった。自然と共に生き、自然の中でひっそりと死んでいく人生を、息子はつまらないと思っているのだろうか。もし息子が魔導師になりたいと言ったら、私は何と答えるべきだろう。私は息子に、望む人生を与えてやることができているのだろうか?

シリーズ:遊牧民の日記

黙示録教団助祭の記録 5
私はとんでもないものを見てしまったかもしれない……。大司教様が恐ろしい悪魔のような姿になる光景だ。あまりの恐怖に、私は無我夢中で走って逃げていたようなのだが、その道中のことはあまり覚えていない。しかし、悪魔に変わった大司教様の横で、司教様が確かに笑っている光景だけは、今でも思い出せる。あの時の悪辣な笑顔を思い出すだけで、背筋が凍りそうだ。
何が起こったのかはわからないが、きっと黙示録教団は終わりだ。もし終わりでなくても、私は今すぐに助祭を辞めることにする。もうこの町からも離れ、どこか遠い場所で別の職に就いて暮らそう。信仰を失うことに躊躇いがないかと言えば嘘になるが……そう、心に決めた。

丘の上の墓

ささやかなる墓標
――ウィトリ、ここに眠る。
とある半竜の記憶 1
あの日、俺は全てを失いました。愛していたあの人も、苦しみを分かち合えるたった一人の親友も、一度に失ってしまったんです。しかし、生きる意味だけは、あの人が最期に残してくれました。
――あの子を守って。その一言だけが、俺がこの地獄で生き続ける唯一の意味になりました。
とある半竜の記憶 2
記憶を取り戻した俺がお嬢に会いに行くと、お嬢はいつも孤児院にいました。孤児院の人にお嬢を引き取りたいことを伝えると、その人は驚いて言うんです。「まさか、本当に来るとは思わなかった」と。
あの人は、聖血晶に願いを託したせいで、早くに亡くなる運命に変えられてしまった。しかし、どの世界でもあの人は、あの日の大洪水のことを覚えていて、自分が早くに死ぬこともわかっていたようだったんです。だから、自分が死んだらお嬢を預かってほしいことをあらかじめ孤児院に伝え、そのときに、半竜の男が引き取りに来たらお嬢を渡すようにも頼んでいたようなんです。
俺は、涙を流しました。たとえ会えなくても、あの人と繋がっていることがわかったから。そして、あの人が希望を失っていないことがわかったから。
とある半竜の記憶 3
エンリルはあの悲劇の後、まるで人が変わってしまいました。世界を救うことなど頭の隅にもおかず、あの人を蘇らせることだけをただひたすらに望むようになりました。俺とエンリルとの距離はどんどん広がっていき、いつの間にかもう見えないほどに離れてしまいました。
俺は、エンキという名前を捨てました。最初にこの世界に生を受けたときに与えられた名前を捨てて、この地獄でお嬢の側に寄り添う新しい人生を歩むのだと決意したんです。あるとき偶然にエンリルに出会ったとき、あいつは別人のように、もちろん外見は別人ですが、心の形すらもまったく別の物に変わってしまっていました。
あいつはトウホと名乗りました。あいつも名前を変えていたのです。
とある半竜の記憶 4
あいつはあの人を蘇らせる方法を見つけたかもしれない、と落ち窪んだ目をギラギラと輝かせて言いました。俺は、それはダメだとあいつに答えました。しかしあいつは聞く耳を持たずにこう言ったのです。「世界のルールを変えられる石が、古代人の胸から取れるらしいが、その詳細な方法がまだわからない」と。
俺は怒りました。「あの人の娘を利用するのか」と。するとあいつは「娘のことなどどうでもいい」と言ったんです。俺は……悲しかったです。この地獄の辛さを分かち合える唯一の親友と、対立するしかなかったからです。
それから俺たちは、互いに敵同士になってしまいました。目的を違えたまま永遠に戦い続ける、敵同士に。
とある半妖の記憶 1
物心ついたころには、あたしは孤児院にいた。あたしの記憶にあったのは、ママの温もりと、いくつかの思い出だけだった。どうしてあたしにはママもパパもいないの? そんなことを聞いてまわって、みんなを困らせたっけ……。
あたしは、どうしようもない孤独から逃げるために、本ばかり読んでた。本の中にはたくさんの「過去の出来事」が描かれてて、「今から続く未来」に眼を向けるのが怖いあたしにとって、本だけが心の拠り所だったの。
とある半妖の記憶 2
ある日、あたしを引き取りに来たっていう大きな男の人に会った。赤い角が生えたその人は、膝を曲げて窮屈そうに背を丸めると、目線の高さをあたしに合わせてくれて、こう言ったの。「お嬢、迎えに来ましたぜ」って。
もちろん、初めて会った人だった。でも、その優しい声はなんだか懐かしくて、あたしの心は温かくなった。だからあたしは、その人が差し伸べてくれた大きな掌を、両手で握り返したの。
とある半妖の記憶 3
それからあたしは、ドヴと一緒に暮らした。裕福ではなかったのに、ドヴはいろんな仕事を掛け持ちながら、あたしに美味しい料理をつくってくれて、好きな本を買ってきてくれた。
ママの友達だっていうだけで、どうしてあたしにこんなに優しくしてくれるんだろう? どうしてあたしを守ってくれるんだろう? 古代人の生き残りだから? そんな疑問を声には出せなかった。聞いてしまったら、この幸せが崩れてしまうような、そんな気がしたから。
かすかな声
私は、何のために永遠を生きているのだろう。私は、なぜ自らの過ちを正すことができないのだろう。私は、どこに向かっているのだろう。
この声がもしも届くなら……エンキ、私の弱さを許してくれ。そして、お願いだ。……私を止めてくれ。私はもう、私のことがわからない。茨の道を歩いてきた私は、自らの足でひきかえすことなど、もうできはしない。
エンキ、ありがとう。……お前に辛い思いばかりさせて、本当に――

四大精霊の塔

賢者ゼインの教え 1
魔法を理解するためにはまず、この世界をつくる元素を理解しなければならない。
私たちの身体も、この塔も、汚れた野良犬も、生い茂る草木も、散りゆく花びらも、肌を打つ雨嵐も、黄金色の小麦も、すべて小さな元素が集まってできている。元素とは、万物の源なのだ。たくさんの元素が入り混じり、固く繋がり、また離れ、漂いながら、世界の形が時々刻々と変わっていく。
その瞳に映るものだけが世界ではない。魔導師を目指す者たちよ、世界の根源を感じなさい。
賢者ゼインの教え 2
元素の種類がいくつあるのかは私にもわからないが、主なものは五つだ。火、水、風、地、雷。
君たちが「魔力」と呼ぶものは、これら五つの元素の「流れ」に干渉する力のことだ。腕の力で石を持ち上げるように、魔力によって元素の流れを操ることができる。
君たちにはそれぞれ得意な魔法と、苦手な魔法があるだろう。火の元素に干渉しやすい者は、火属性の魔法が得意ということになる。元素の流れを意識することで、魔法の精度は格段に上がるのだ。
賢者ゼインの教え 3
この塔には、私が作り出した精霊たちが住んでいる。それぞれの元素を司る精霊たちだ。ただ、私は雷の魔法が苦手でね。雷の精霊だけはどうしても作れなかった。私の精霊たちはもちろん君たちを恨んではいないし、食べようとも思っていない。しかし、君たちの力を試そうとするだろう。魔法の真髄を、精霊との戦いに学ぶのだ。
……言い忘れていたが、この塔は単純な力では突破できないように、結界を張っている。属性を理解し、突破するのだ。最上階に登ることができた者には、アカデミーの早期卒業を認めよう。
賢者ゼインの教え 4
一つだけ、君たちにどうしても伝えたいことがある。アカデミーを卒業するころ、君たちは立派な魔導師になっているだろう。しかし、過信してはいけない。……魔法は万能ではないのだ。魔法で人の心を意のままに操ることはできないし、魔法で自分の悲しみを癒すことはできない。
強い心を持ちなさい。そのために、たくさんの経験をするのだ。大切な仲間を見つけ、誰かを深く愛し、ときに、どうしようもない無力感に打ちひしがれる。そのすべてが――些細な出来事も含めて、本当にそのすべてが――君たちを強い魔導師にしてくれるはずだ。
賢者ゼインの教え 5
この世界には、神が定めたルールがある。優秀な君たちの中には、将来、そのルールを破ろうという者が現れるかもしれない。君たちが正しいと信じるのであれば、私はその選択を止めはしない。
自分のあらゆる選択に、責任を持ちなさい。世界の当たり前を疑う、冒険心を持ちなさい。暗い部屋の隅で泣いている人のために、魔法を使いなさい。
君たちの未来が希望に溢れることを、私は願っている。……永遠の時をかけて、希望が君たちの未来を拓くと、私は信じているよ。
精霊神話 1
昔々、何もない暗闇の中に、男がいました。
男は暗闇の中で、考え続けていました。自分という存在について、考えていたのです。しかし、何もわかりませんでした。いくら考えても、自分が何なのかわかりません。だから、男は手を伸ばしました。暗闇の先に自分を知る手がかりがあるのではないかと、そう思ったのです。男が伸ばした手は、偶然何かを掴みました。それは、モゾモゾと動く小さな生き物でした。生き物は言いました。「お前が何者なのかを知りたいのなら、まずは、この暗闇を晴らすことだ。お前にはその力がある」と。男は願いました。この世界が明るくなりますように、と。すると、その生き物に火が灯りました。燃え盛るトカゲ、それは火の精霊でした。
精霊神話 2
男は火の精霊が照らす世界を眺めました。しかし、世界には何もありませんでした。光は遠くへと吸い込まれていきますが、何の影も作りません。
男は世界を見ることを諦め、今度は自分の身体を眺め始めます。長さの違う指、皺のある掌、盛り上がった腕、窪んだ臍の穴、薄く毛の生えた足……。しかし、どうしても見えない部分がありました。自分の顔が見えないのです。そのとき、どこからか声がしました。「あなたの顔が見たいなら、光を映すものを生み出すことね。あなたにはその力があるわ」と。
男は願いました。この世界の光が何かに映りますように、と。すると、目の前に美しい女性が現れました。女性は大瓶を抱えています。そして、その中に水が溜まっていたのです。美しい女性、それは水の精霊でした。
精霊神話 3
男は大瓶を覗き込みました。水に男の顔が映されています。目鼻立ちのはっきりとした、自分の顔。男は自分の顔を知りましたが、それでも自分が何者かはわかりませんでした。
男は困り果てます。手がかりがないのです。考えることを諦めそうになった男の耳に、今度は、呆れたような声が届きました。「手がかりが欲しいのなら、空を飛んで探してみたらどう? あんたにはその力があるから」と。
男は願いました。空を飛べますように、と。すると、羽の生えた小さな妖精がどこからか飛んで来て、男の肩に座りました。小さな妖精、それは風の精霊でした。
精霊神話 4
男は風を受けて、空を自由に飛びました。飛ぶのは気持ちが良いものでした。しかし、どれだけ飛んでも手がかりは得られません。世界には、火と水と風とそれらの精霊しかなかったのです。男は飛ぶのをやめ、再び自分という存在について考え始めました。
そして、ある仮説が思い浮かびました。もしかすると、自分はこの世界そのものなのではないか、という仮説です。自分と世界には明確な境界があると考えてしまったから、自分という存在が捉えられなくなってしまったのです。すべてが自分だとすれば、「自分は世界だった」という答えが得られます。納得しようとした男に、誰かが話しかけます。「世界に明確な他者がいれば、その仮説は成り立たないな。他者の存在を願ってみたらどうだ? お前にはその力がある」と。
男は願いました。世界に自分以外の誰かがいますように、と。すると、黒い髭の小人が現れました。髭の小人、それは地の精霊でした。
精霊神話 5
地の精霊が現れた直後、轟音が世界に響き渡りました。世界に地面ができたのです。
男は地に足をつけました。男が歩くと地面が揺れました。地面が揺れると、水の精霊の大瓶から水が溢れました。すると、地面に海ができました。海に魚が泳ぎ始めました。陸に植物が生えました。そして、いつしか陸にたくさんの動物たちが生まれました。男は呆気にとられて、その様子をただ眺めていました。
ついに、世界に人が生まれました。人は、男に聞きました。「あなたは誰ですか」と。男は答えました。「わからないけれど、僕はあなたたちとは違う存在だ。あなたたちが生まれるよりもずっと前、世界が生まれるよりもずっと前から、ここにいたんだ」と。すると、人は答えました。「ならば、あなたは神ですね」と。男ははっとしました。
「神」。その言葉は、確かに自分の存在を明瞭に表しているように思えたからです。
精霊神話 6
男は自分が神であることを自覚しました。それから男は天に住み、地上の営みを眺めることにしました。生き物たちは互いに殺し合いながらも、均衡を保っているように見えました。
しかし、人だけがどこか変でした。人だけが、次々と道具を生み出していたのです。世界はどんどん変わっていきます。人は、神に近づこうとしているのではないか。そう思った男の耳に、声が聞こえました。「ならば、天罰を与えればいいさ。君だけが、完璧な神なのだから。君にはその力があるじゃないか」と。
男は願いました。すべての人に罰を、と。すると、どこからか太鼓の音がして、黒雲が世界を覆いました。音の主、それは雷の精霊でした。
精霊神話 7
雷がそこかしこに落ち、世界はぼろぼろになってしまいました。男は雷の精霊に言いました。「僕は、世界を壊したかったわけじゃない」と。雷の精霊が答えます。「これは、君が望んだことだ。君が創った『人』という生き物に、君は嫉妬したんだ」と。
男は返します。「嫉妬? 僕は完璧だって、あなたが言ったんだ。完璧な僕が嫉妬することなんて……」と。雷の精霊は言います。「完璧だからこそ嫉妬したんだ。不完全だからこそ人が持っている、人の――」。精霊たちは口を揃えて続けます。「――冒険心に」と。
男は地上を見下ろします。地上では、かろうじて生き延びた人々が、荒れた大地を耕していました。その澄んだ瞳、血豆のできた掌、泥まみれの足を見て、男はふと思いました。「なんて、美しいんだ」と。

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第3章

大海原に漕ぎ出して

インサイドビーチ

魔法都市ゼイン観光局視察報告書
インサイドビーチ
新規観光地候補視察団第五回視察報告書
魔法設置罠による魔物の捕獲三体。繁殖抑制の目標は達成せず。また、船頭組合の反対運動の過激化を確認。桟橋の撤去および群青商港との接続経路設置計画は立案段階にて中断。
本報告をもって、一年の初期視察期間は満期となる。以上により、観光地化は不可と判断。断念されたし。
錆びた注意書き
人喰いワニ大量発生中。
遊泳は自己責任で。
注:遊泳等により発生したあらゆる損失について、魔法都市ゼイン都市安全管理局、および群青商港組合が一切の責任を負わないことを、予め承諾されたものとする。
船頭の日記 3
初めてこの砂浜を見たときにゃ、こんな天国みてえな場所があるんだって、俺も感動したもんだ。群青運河をゆったりと流れてきた水を全部受け止めちまう、そんな形の白い砂浜だ。
だがな、景色が美しいからって安全とは限らねえ。見て呉れの良い男が、性格も良いとは限らねえのと同じさ。……俺は、見て呉れはイマイチかもしれねえが、誰よりも優しい男だぜ?
砂浜まで運んだ女にそんなナンパをしてみたが空振りだった。イケると思ったんだがな。
船頭の日記 4
最近は舟を漕ぎながら、どうすればもっと良い男になれるのか、なんてことばかり考えていたな。向上心があるのは良いことだろうが、少しばかり無理をしすぎていたのかもしれねえ。
運河の水はゆっくりとだが確実に流れていき、いつかは必ず大きな海に出る。日々を堅実に過ごしていれば、俺にも景色が大きく変わる瞬間がきっと訪れるはずだ。消極的だって仲間にはバカにされるかもしれねえが、取り繕わず自然体でいる方が、俺には合ってる気がするぜ。

群青商港

見習い交易商人のメモ 5
自分の船を持っている商人なんか、全員ずる賢い人間だと思った方がいいよ。その地位に就くまでに、何かしらの悪事を働き、弱者を蹴落としてきたような奴らばかりだからね。
だから、商船に乗せてもらうときは、できるだけそいつらの機嫌を取るんだ。褒められて嫌な気持ちになる人間はいない。特にプライドの高い商人なんかなおさらだ。そして無害でしがない交易商を装うんだ。そうすれば安全に海を渡れる。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

グルメな命令書 6
群青運河の入口にある港では、これから長い航海に向かう船乗りたちのために、岩みたいにカッチカチの乾パンが大量に売ってるらしいわ! 乾パンにも興味がないわけではないのだけど、それよりもずっと気になる物があるの! 
乾パンを大量に買うと、特典として「群青商港特製ワイン」が樽でもらえるらしいわ! 乾パンは足りてるのに、このワイン欲しさに乾パンを大量に買う船乗りもいるっていうじゃない!
金にモノを言わせて、乾パンを買えるだけ買って来なさい! そしてワインを独り占めするのよ! わかったら早く樽ごと積み込んで運んで来なさい!

シリーズ:グルメな命令書

貧しい少女の夢想
ああ、どうしたら海の向こうの国に行けるんだろう。こんなにもたくさんの船が行き交っているのに、私はこの岸から一歩も離れることができない。
できることと言えば、こうやって港に来て、私を連れ去ってくれる誰かを待ち続けることだけ。でもいつかきっと、王冠を頭に乗せた美しい王子様が大きな船でやって来て、赤いマントを翻しながら私のかよわい手を取ってくださるはず。そう信じて、今日も港で待ち続けているの。
ベテラン運び屋の指示
一人、マヌケな商人がいる。そいつが入港している今が一番のチャンスだ。
日の沈む刻に右から二つ目の桟橋に来い。金さえ払えば、密航は必ず成功させてやる。
合言葉は「随分と時化てきましたね。これは明日も不漁に違いない」だ。絶対に間違えるなよ。
若き船乗りの証言
俺は見たんだって! この桟橋のすぐ下で、何かがたくさん蠢いているのを!
大切な指輪だったんだ……。今頃、あの気持ち悪い生き物の胃袋に入ってると思うと……クソッ、もう散々だ! 水中爆弾でも落として、あいつらに一泡吹かせてやる!

シーハーピィの狩猟場

『宝探しの歌』 1
勇ましき船乗りよ。胸に抱いた大いなる夢。追いし黄金の竜の背を睨む。荒波に逆らう運命を恨まずに。死の雷嵐を恐れずに。さあ、錨を上げて漕ぎ進め。竜が守りし至宝はすぐそこに。
『宝探しの歌』 2
王国の伝統を刻みし血、忘れられた歌を口ずさむ。古代の財宝に導かれ、分かたれた海の先。選ばれし者どもと共に飛び込めば、愛の吟遊詩人は待っている。
『宝探しの歌』 3
漕ぎ出した船は、誰にも止められぬ。あの日の傷も誇らしく、目の前の試練は眩しく。たった一つの宝を手にするためならば、犠牲は厭わない。ああ、聞こえてくる、勇ましき船乗りたちの歌。ああ、聞こえてくる、宝を求める船乗りたちの歌。
探検のススメ 5
戦闘で勝利をもぎ取るために必要なことは、前もって各々の役割を明確にし、それを必ず仲間と共有しておくことだ。仲間内での意思疎通を怠り、「状況に応じた臨機応変な戦いをしている」などとぬけぬけと言う中堅探検家は案外多い。そんな場当たり的な戦い方をしていては、突破が難しい場面も出てくるだろう。
誰が敵の攻撃を率先して受けるのか、誰が攻撃の要を担うのか、誰が味方の回復に徹するのか……。まずは基本的な行動パターンを全員が理解しなければ、臨機応変な戦い方ができるようには到底至らないのだ。

シリーズ:探検のススメ

素人魔法使いの呟き 4
さすがに日差し強すぎない? 健康的に焼けた肌には憧れてるけどさ、焼けすぎるのは嫌なの。
今すぐ天候を操る魔法をマスターすべきだわ。私、美容のためならどんな難しい魔法だって覚えてやるから。戦闘なんてもう、心底どうでもよくなってきちゃった。

シリーズ:素人魔法使いの呟き

臆病キャプテンのトカゲな日々 1
昨日、変わった身なりの冒険者たちが、群青商港に現れたタコを退治してくれた。彼らがいなかったら、私の船も船乗りも商品もきっと無事では済まなかっただろう。
借りはちゃんと返さなければならないという父の教えを守り、彼らをこのトカゲ商船に乗せてあげたけど、なんだか皆ワケありのようだ。私は、彼らに興味を持ち始めている。
『宝探しの歌』を歌ってあげたとき、彼らのうちの一人が悲しい顔をした。良い歌なのにどうしてだろう? 私の場合は、『宝探しの歌』を聞くと、どこに隠れていたんだと質問したいくらい不思議と勇気が湧いてくるというのに。

魔海域南端

『竜の至宝伝説』 1
誰も近づこうとしない荒れた海のどこかに、あらゆる願いが叶う至宝が眠っている。その至宝は、身を裂くほどに深い悲しみや、嗚咽を漏らすほどの苦しみを乗り越えてきた、勇敢さの証。手にした者は、紛れもない"英雄"だ。
さあ、大海原に漕ぎ出すのだ。唯一を手にするため、すべてを失っても構わないという覚悟があるならば。
『竜の至宝伝説』 2
至宝は、一匹の竜に守られている。暗雲の空に閃光を放つ、黄金の竜に。竜の背を追い、すべての試練に打ち勝てば、至宝は手に入るだろう。
さあ、大海原に漕ぎ出すのだ。まずは、一つ目の試練。霧に覆われた島に残された、古代の歌の謎を解いてみよ。その歌に、竜の居場所を知るための鍵が隠されている。
『竜の至宝伝説』 3
一つの試練に打ち勝てば、その先にまた新たな試練が現れる。
さあ、大海原に漕ぎ出すのだ。君が眼前に現れるのを、黄金の竜は待っている。
見習い交易商人のメモ 6
魔海域には、絶対に近づくんじゃないよ。何が起きるかわからないってのは、対策ができないってことなんだ。あんなとこに飛び込む人間が「勇敢だ」なんて讃えられることもあるけれど、「頭がおかしい」と言った方が本当は正しいんだ。
商人だったらコツコツと、地道に利益を上げればいい。そういう生き方は、決して臆病とは言わないんだ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

臆病キャプテンのトカゲな日々 2
私が竜追いに憧れたのは、ある意味必然だったと思う。ザルツァイトに生まれた時点で、竜追いの噂を聞かないことなど不可能だし、少年の頃は兄弟たちとよく竜追いごっこをして遊んだな。
よく、自分にこんなチャンスが巡ってきたと思う。たぶんこれを逃したら、もう魔海域に挑戦することなど二度とないだろう。端の端でも良い。一瞬でも良いから魔海域に行ってみたい。
自分が臆病であることは理解している。それでも今は、今だけは、なりきってみたい。いつも港で眺めていた、あの勇敢な船乗りたちみたいに。

黒鯨の巣

魔物生態研究報告書 6
「魔海域の破壊者」を一目見たくて、頼み込んで竜追いの船に乗せてもらったわ。……それにしても、この竜追いという人たち、好きな目的のためには危険を顧みないあたり、とても気が合うわ。それに、卓越した航海技術もありながら、勇敢で逞しい。
あら、私、人間にこれほど興味を持ったのは初めてじゃないかしら? ふふ、黒鯨を前にして別のことを考えるなんて、私ったらいったいどうしちゃったのかしら?

シリーズ:魔物生態研究報告書

遭難者のボトルメッセージ
あの鯨からは、誰も逃れられない。この船ももうダメだ。僕は、ここで死ぬんだろう。
この手紙を読む人よ。魔海域に近づいてはならない。ここは地獄だ。さようなら、ああ海水がもうここまで。魚たちが口を開けて待っているのが見える――
臆病キャプテンのトカゲな日々 3
私は、後悔している。皆を危険に巻き込んでしまった。キャプテン失格だ。
結局のところ私は、少年の頃と同じただのごっこ遊びに興じていただけなんだ。素人が興味本位で手を出して良い海域ではなかった。船員たちも冒険者たちも命を削って頑張ってくれている。
本当にすまない気持ちでいっぱいだ。随分と遅すぎるかもしれないけど、私はどうしようもなく普通の商人なんだと、まるで傷口に塩を塗られるように痛感しているよ。

パイレーツデッドシップ

新米冒険者の気づき 8
ああ、船の上に寝転んで青空に浮かぶ雲を眺めるのは楽しい。……海賊に縛られて、身動きが取れない状態じゃなければの話だけど。
僕はいったいどこに連れて行かれるんだろう? まさか、このまま売られちゃうとか? ああ、僕はなんて愚かなんだ。そのことに初めて気がついたよ。
どうしたらこの最悪の状況を打破できる? 考えろ、気づくんだ。いつもみたいに、僕自身の気づきを信じるんだ。
……あ。……そういえば、海賊が言ってたっけ。この空だとじきに嵐に突っ込みそうだ、って。嵐の中なら、海賊たちを一人ずつ制圧していくこともできるかもしれない。あまり良い気づきとは言えないけど、やるしかない。大丈夫、僕はもうただの新米じゃない。ちょっと経験を積んだ新米だ。海賊なんかにやられないさ。

シリーズ:新米冒険者の気づき

とある海賊の手記 1
今日は船を二隻まとめて襲ってやった。海の上には俺たちを縛りつける堅苦しいルールはねえし、強くて狡い奴だけが生き残る実にシンプルなルールがあるだけだ。
生まれも育ちも関係ねえ。この海の王は、俺だ。
とある海賊の手記 2
なんて運がいいんだ! 荒れた海の中、霧の向こうにあったのは、人魚の住む珊瑚島だった。
人魚の血を手に入れて、不老不死になってやる。海を統べる永遠の王……最高の響きじゃねえか。
俺はやはり、「持っている人間」だ。実力も野心も運も、俺は全部持っている。そんな奴が他にいるか? 待ってろよ、導きの女神。その王冠を俺が奪い取ってやる。
とある海賊の手記 3
俺は、失敗した。航海の果てに、船を死の園へと追いやってしまったのだ。この墓場から抜け出すためには、セイレーンの助けを借りるしかない。しかし、助けを借りるには、歌を聞くしかない。皆を狂わせた、セイレーンのあの歌を……。ああ、俺はどうして『愚者の耳栓』を外してしまったのだろう。脳が侵され、狂いゆくのを感じている。しかし、抗えないほどの幸福で満たされていく……。ああ、セイレーン……愛しき、俺の――
臆病キャプテンのトカゲな日々 4
荒れた海、黒鯨、そして幽霊船。いったい魔海域はどうなっているんだ。そして、恐れを知らない冒険者たちも……。
ああ、無事で帰って来てくれ。それだけを今は願うよ。

星拾いの珊瑚島

幻獣事典 3
その恐ろしい海域には、壊れた船が集まる島がある。島の主である人魚に認められれば、立ち込める白い霧はたちまちに晴れ渡り、七色に光る珊瑚の大地が現れるだろう。
不可思議なほどの艶かしさと大いなる母性を併せ持つその人魚は、誰もが見惚れるほどに美しい。彼女が口ずさむ"逆さま"の歌には、周囲のあらゆる現象や生き物を操る力がある。そして、悪人には罰を、善人には導きを与えるという。

シリーズ:幻獣事典

吟遊詩人の詩 3
男が独り、歌っていた。誰もいない岸壁に座り込み、俯きながら。「とても勇ましい歌なのに。どうして悲しげに歌っているの?」。海の中から声がして、男は涙に濡れた顔を上げた。何も見えなかったが、揺れる水面に向かって男は答えた。「……勇ましい歌だから、余計に悲しいのさ。楽しかったあの頃、みんなで歌っていた歌なんだ」。海の中からまた、声がする。「私に似ているわ。私も悲しいときは、楽しい歌を歌うの。逆さから」。その言葉の意味がわからず首を傾げた男の耳に、美しい歌声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある旋律。先ほどまで自分が歌っていた歌だとすぐにわかった。「……だけど、とても悲しい歌詞だ」。勇ましく見える船乗りたちも、本当は死を恐れている。失うことを恐れている。ずっと、皆で冒険をしたいと思っている。そんな歌詞だった。
歌が終わったとき、男は呟いた。「勇気を出すことは、みんな怖いんだ……」。すると、声が聞こえた。「本当の気持ちは恥ずかしがり屋だから、すぐ裏側に隠れちゃうの。だけど、見栄っ張りの勇気でも、私は良いと思うわ。その勇気はきっと嘘じゃないから」。その声にはっとした男は、頬を両手で叩いて立ち上がり、ありがとう、と言った。するとまるで手を振るように、青い尾びれが水面から飛び出したように見えた。

シリーズ:吟遊詩人の詩

密猟者の改心
クソッ! 何が導きの女神だ。あんなの化け物じゃねえか。
あいつの歌を聴くと、頭がわけがわかんなくなっちまうんだ。俺の意思に従わない体をなんとか制御しようとする俺を、あいつは愉快そうな顔で見下していた。なんとか逃げ切れたが、俺が生き残れたのはたぶん、あいつの気まぐれだ。
珍しい獲物なんて狙うもんじゃねえ。決めたぜ、俺は足を洗う。真っ当なハンターとして生きてやるよ。あんな奴に比べれば、普通の魔物なんて可愛いもんだぜ。
臆病キャプテンのトカゲな日々 5
今度はセイレーンだって? もう感覚が麻痺してきたよ。
誰かと話す気力ももう残っていなかったから、魚を釣りながら「勇敢さ」についてひたすら考えていた。誰だって臆病でいるより勇敢でいたいと思うだろう。私だって例外じゃない。臆病な自分に嫌気が差したことも数え切れないくらいあるし、それでも勇敢になれない経験を積み重ねていくうちに、自然と諦めがついてくるものなんだ。……ドラゴニュートは竜の血を受け継いでいるなんて言うけど、きっと私に流れているのはもっと小さくて臆病なトカゲの血だって、そう思うようになったんだ。
トカゲにはトカゲの生き方がある。そんなふうに、夢と現実に折り合いをつけていたはずだった。溢れ出る勇敢さと優しさ、そして逞しさで港の人々を救った彼らに会うまでは。

消えずの灯台 No.13

孤独な旅人の呟き 3
決して消えない炎の存在は、永遠に不変のものが世界に存在し得ることの証拠となってしまう。
僕は、永遠という言葉が嫌いだ。永遠など存在して良いはずはない。僕の孤独も、救いようのない僕の人生も、いつかは終わると信じることで心の安寧を手にすることができた。消えない炎など、あってはならないんだ。
……この目で確かめよう。件の炎が消える、その瞬間を。

シリーズ:孤独な旅人の呟き

『灯台守』
新たな大地を踏みしめようと、人は嵐を漕ぎ進む。途方もない代償を払ってなお、それでも暗海の先に肥沃な土地を求めずにはいられないのだ。
ならば、岸辺に塔を建てよう。君たちの行先をわずかでも照らすために。限りなく無謀な挑戦が、いつか実を結ぶその日まで。
『青年と種火』
無口な青年が、一つまた一つと灯台に種火を配っていく。しかし、種火には限りがある。13本目の灯台で、早くも手持ちの種火は尽きてしまい、青年は途方に暮れてしまった。
全ての海を照らせば、海に消えた婚約者が見つかるかもしれない。それがひどい妄想であることは青年自身もわかっていた。わかってはいても、行動せずにはいられなかったのだ。
それから青年は姿を消した。青年が灯した灯台は、今も誰かの道標となっている。
『不確定なる炎』
炎は、暗闇に光をもたらした。炎は、人々に暖をもたらした。しかし炎は、美しい花畑を燃やし尽くしてしまった。
炎は、善でも悪でもない。炎は、変化そのものだ。ならば、消えない炎は、終わらない変化の象徴なのか? いや、違う。消えない炎は、変化をもたらし続けるが、自らは変化しないという矛盾した存在。それは、不確定性の象徴だ。
世の中には、変わらないと思えるものがある。悪事はなくならない。罪は赦されない。世界は混沌から救われない。しかしそれらの不変性も不確定。すべては移ろい、変化と不変の境界を彷徨っているのだ。
考古学者の知見 3
嵐とはいえ、どこかの岸に流れ着いたことは幸運だった。とにかく夜を越すために、まるで人気のない古びた灯台に登ると、火が焚べられていた。床には埃が分厚く積もっており、誰も管理する者などいなさそうに見える。不気味だ。
しかし、火があるというのはありがたい。服を乾かし、体を温め、ずぶ濡れのパンを齧ると少しだけ活力が湧いてきた。見渡すと、ところどころに古代文字らしき文章が刻まれている。朽ちた本棚には、湿気た本がいくつも並んでいた。おそらくは、古代人の建造物だろう。するとこの燃え続ける火も、古代人の遺物ということか。
私は今、いったいどこにいるのだ。朝日が登ったら周囲を見渡してみよう。ここが見知った土地の海岸だと良いのだが……。

シリーズ:考古学者の知見

臆病キャプテンのトカゲな日々 6
自分のことばかり考えていたから、船員たちのストレスが限界に来ていたことに気がつかなかった。些細な言い争いから乱闘が始まってしまったので、慌てて最後のワイン樽を空けさせて、なんとか鎮めた。
船員たちはいつも頑張ってくれている。こんな臆病で愚かな商人についてきてくれているのだから、怪我をさせたり嫌な思いをさせたりなんて絶対にしたくない。
危険な海域の中心。遭難した船の上。そんな現実を忘れるかのように宴会を始めた彼らを見て、私も苦手な酒を少しだけ飲んでみた。ひどく苦いが、確かに美味しかった。……私は、見えてなかったのかもしれない。ささやかな幸福は、たとえ臆病であったとしても、すぐ手の届くトコにあったのだ。

渦潮の近道

考古学者の知見 2
とある遭難者が、セイレーンに導かれて海の中の道を通って帰ってきたと言っていた。周りの者たちは幻覚でも見たのだろうと誰一人信じようとしなかったが、私は信じたい。陸の上にこんなにもたくさんの裏道があるのなら、海の中にもあっておかしくないはずだ。
彼と同じ状況に陥れば、私もセイレーンに海の中の裏道へと連れて行ってもらえるだろうか。よし。早速、遭難の準備を始めよう。

シリーズ:考古学者の知見

臆病キャプテンのトカゲな日々 7
いったいどうなってるんだ! 船が海の中を泳いでいる! これが、冒険ってヤツなんだ!
ああ、彼らはこんな不思議な経験を世界を巡りながら繰り返しているのだろう! 本当に羨ましいよ! 私は君たちのようにはなれないけど、冒険の世界を垣間見ることができて、心底嬉しいんだ。それに、自分のことを考え直すきっかけにもなった。
セイレーンの言うことが正しければ、もうすぐザルツァイトに着くはずだ。彼らとの別れは寂しい。だけど私は、この出会いと経験を一生忘れないだろう。

海上騎士団管轄海域

見習い交易商人のメモ 7
大きな王国では、勝手な商売が許されているとは限らないから注意するんだよ。船で貿易するには、商人ギルドへの登録が必要なんだ。同じように、露店を出すのにも登録と審査がいる。
まったく面倒なことだね。しかし、違反すれば牢獄行きだ。絶対にサボってはいけないよ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

グルメな命令書 7
ザルツァイトの海に建てられた監視塔では、駐留する海上騎士団員だけに振舞われる幻の「海鮮塩カレー」があるらしいわ! そんなの美味しくないわけ絶対にないじゃない!
あなたが海上騎士団になるなり、騎士団に捕まるなりして、なんとしてもカレーのレシピをくすねてきなさい! ザルツァイトでつくられた高級塩も忘れるんじゃないわよ! ああ、甘いのかしら! それとも辛いのかしら! もう、想像が止まらないわ!

シリーズ:グルメな命令書

海上騎士団長の摘発記録
本日の摘発件数は3件であった。いずれも未登録商船による密航。我々がいくら摘発を繰り返そうとも、堂々と違法航行をしようする者は後を絶たない。私は不思議でならない。違法な者どもは、次々といったいどこから湧いてくるのだろうか。
しかし我々は、どんなに小さな犯罪も許しはしない。疑わしき者は、決して逃がさない。我々がいる限りザルツァイトの海の秩序が乱れることなどないだろう。
臆病キャプテンのトカゲな日々 8
海上騎士団に絡まれて良かった試しは一つもない! なんと融通の効かない者たちなんだ!
彼らに水を差された気分だが、なんにせよ摘発を免れて無事に入港できて安心した。もしも捕まっていたらいったいどうなっていたことか……。
ああ、塩っ気の強いこの風の匂い。賑やかな港。燦燦たる太陽。「我が故郷ここにあり」ってトコだ。今回の商品は全部捨ててしまったが、この身体さえあればなんとかなる。さあ、家に帰ろう。疲れているはずなのに、とても足取りが軽い。まるで本当にトカゲになったみたいだ。

コロシアム・模擬剣闘

王国建築士の感慨
今年もこの季節がやってきた。私の祖父の祖父のそのまた祖父が人生で培った全てを捧げて造りあげた一大建築が皆の注目を浴び、最も輝く季節だ。
私は誇らしい。この荘厳な円形闘技場を見上げると、我が祖先の偉大さが身に沁みる。そして、脈々と続く歴史の中に私がいて、この伝統を受け継いでいかなければならないという気持ちが湧き上がってくる。
若い頃は、祖先を越えられるだろうかという不安と重圧の中で我武者らに仕事をしていた気がするが、今は違う。越える必要などない。私は私のやり方で、この技術を守り、使っていく。それでいいのだと思えるほど、私も歳を重ねたということだな。
探検のススメ 6
何事にも練習は必要であり、それは探検も同じだ。あのときこうしていればもっと良かっただろうとか、あそこで自分の判断が遅かったからこうなってしまったとか、そんなふうに思える人間はどんどん成長していくだろう。
失敗も成功も、一つ一つの動きを見返せば、きっと次の探検に繋がる糧になる。人生は、トライアンドエラーあるのみだ。

シリーズ:探検のススメ

織工店店主の満悦
建国祭を見に海の外からやってくる人間の数は、年々目に見えて増えている。「祭りの参加者は全員白い布を身に付けなければいけない」なんて伝統、まったく誰が考えたんだ。ただの白い布が飛ぶように売れていくから、普段の繊細な仕事が馬鹿らしくなってきてしまうじゃないか。
……さあ、今年も大量に売るぞ。
堅物門番のイグアナな日々 1
まったくこの俺に不正の手引きをさせるとは。クソッ、あのトカゲ、今度会ったらこっぴどく叱ってやる。
……しかし、あの冒険者たちは何者なのだ。模擬戦闘をさせて実力不足のようだったら参加を認めないでおこうかと思ったが、俺が見たところ、冗談じゃなく優勝もあり得るぞ……。
臆病キャプテンのトカゲな日々 9
彼らは兄に会えただろうか? 実家に戻り弟たちに自慢話をしているうちにこんな時間になってしまった。さあ、明日は魔海域生還の証を貰った後、こんなこともあろうかと入っておいた損害保険の被害申請をして、船の修理を頼んだら闘技場に向かおう。兄は堅物だが義理にも堅いから、どうせ断れないはずだ。ああ、彼らの優勝する姿が目に浮かぶ! そして私には大金が……! はっはっはっ!

コロシアム・予選

孤独な旅人の呟き 4
人が集まれば悪意が渦巻き、運命が思いもよらぬ方向へと転げ出す。たくさんの思惑が交錯し、空気がキリキリと軋み出す音が聞こえるんだ。
途方もなく孤独な僕にはやはり、人間という生き物が好きになれそうにない。それでいて僕自身も人間であり、他人の肌の温もりを知りたいと本能で願ってしまう。
……悲しいくらいにひどい皮肉だ。ああ神様、あなたが創造したこの世界は、どうしてこんなにも息苦しいのですか。

シリーズ:孤独な旅人の呟き

闘技大会フリークの興奮
今年の参加者は粒揃いね! 前評判はどのチームも上々。闘技大会の認知度が上がって、参加が過熱化している良い流れができているわ。
近年は優勝を逃し続けている「チーム竜追い」にやっぱり頑張ってほしいところではあるけど、ちょっと難しいかもしれないわね。さあ、予選が始まるわ。プロは予選で優勝候補を見極めるのよ!
闘技大会運営救護係の嘆き 1
一年で一番忙しい日、それが今日。
怪我人の手当と死人の蘇生をとにかく一日中行い続けるだけ。逞しくて優しい彼氏ができるかもなんて思って応募してみたけど、治癒に失敗したらひどい文句を言われるし、今にも死にそうな人たちと恋なんて全然芽生えないし、毎年強制的に呼び出されるし、もう最悪。
来年から、もっと平和的な方法で勝敗を決める方式にならないかな。追いかけっことか、球蹴りとか……ね?
闘技大会運営魔物・猛獣係の疑念 1
今年も予選のために、大量の魔物と猛獣を輸入した。大会を盛り上げるために、俺が一匹一匹を実際に見て厳選したんだ。……しかし、早朝に皆の健康チェックを行っていたところ、檻のうちいくつかが空けられているのを発見した。地面に血がついていたし、焼却炉を使った痕跡もあった。俺に無断でなんてことしやがるんだ。
……疑わしきは、あの門番だ。体がでかいからって、大事な番人を任されているが、無表情で何を考えてるかわからねえ。昨晩はあいつが最後だったはずだ。へへ、その化けの皮、俺が剥がしてやるよ。
堅物門番のイグアナな日々 2
どうやら、俺は疑われているらしい。いや、確かに模擬剣闘のために猛獣を放ったが、あれは不当な行為ではない。大会に使用する魔物や猛獣を扱う権利は、俺にもあるのだから。
あいつはどうにも俺のことが嫌いらしい。難癖をつけられ俺の評判を落とされても困るが、正当性を主張したところで逆恨みされるのがオチだろう。仕方ない、ほとぼりが冷めるまでやり過ごすか。
臆病キャプテンのトカゲな日々 10
ひりついた空気、耳鳴りがするほどに響く鐘、一気に熱狂する闘技場、飛び交う罵声、迸る鮮血。これだ。私はこれが好きなんだよ。
どんなに臆病な人間でも、リアルな戦いを間近に見ることができる。ああ、私のトカゲの血が騒ぎ、疼く……。まるで空を横断する竜の血のように沸き立つんだ!
……もちろん、参加はごめんだけど。

コロシアム・本戦第一試合

名賭博師の信条
他人の前評判ほど、当てにならねえものはねえ。大勢と同じ意見なら安心する奴らが世の中には多いが、俺からしてみればそんな奴らは思考停止の愚か者だね。皆と同じ賭け方をしたら、勝つのも負けるのも皆と同じだ。そんなのつまらねえし、何よりも勝てねえ。
俺は自分の洞察力を信じている。自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分が賭けたいと思った奴に賭けるのさ。皆が小馬鹿にしていた大穴の弱小チームが優勝した一昨年は最高だったぜ。まあ俺は知ってんだけどな。あいつらが隠れて猛特訓をしてたってこと。
グルメな命令書 8
ザルツァイトの建国祭は、グルメの祭典と言っても良いわ! 珍しい海鮮料理がたらふく食べられる屋台市! 異国の商人が運んでくるゲテモノ食材巡り! 船乗りたちが日頃の感謝を込めて地域住民に振る舞う船上料理! 直接体験できないのが悔しくて仕方ないわ! とにかくありったけの料理と食材とレシピを持って帰って来なさい!
中でも、絶対に外しちゃいけないのは、記念闘技大会の開催に合わせて毎年解禁される、高級羊肉よ!
頭数限定で、闘技場の最前席を予約した観客が大金を積めば、観戦中に食べられるらしいわ! 肉は鮮度が大事なの! だから羊はなんとかして生きたまま連れて帰って来なさい! 失敗したら絶対に許さないから、命懸けでやるのよ!

シリーズ:グルメな命令書

闘技大会運営魔物・猛獣係の疑念 2
あいつが一人になる瞬間を見計らって、昨晩のことをさりげなく聞いてやったが、あの野郎、仕事があるからとすぐに背中を向けやがった。クソッ、舐めやがって。
もう容赦はしねえ。次は、無理矢理にでも檻にぶち込んでやるよ。泣いて懇願したって出してやらねえからな。へへ、こりゃあ餌代が浮きそうだ。
堅物門番のイグアナな日々 3
俺の信条は「面倒ごとはできる限り避ける」だ。俺の何が癪に障るのかは知らないが、血気盛んな人間に絡まれることは多い。しかし、戦わずにやり過ごせるなら、それが最善だ。
でかい図体をしているのに戦いを避ける様子がまるでイグアナのようだ、と弟たちから言われてきたが、俺はこの生き方を曲げるつもりはない。力でねじ伏せることが賢いやり方だとは、どうしても思えないのだ。
臆病キャプテンのトカゲな日々 11
実際のところ、賭博はスパイスなんだ。大会をただ眺めるだけでも楽しいが、お金を賭けていればこそ、特定のチームに熱を入れることができる。剣の一振をも凝視し、彼らの一挙手一投足に感情が揺さぶられるんだ。
ああ、チームアルテスはなかなか良いじゃないか。良いぞ! そこだ!! ……あぁ……! いや、いけるだろ! 今だ!! そう!!

コロシアム・本戦第二試合

傭兵の契約書 3
――傭兵ダムレイ。
君の強さを見込んで頼もう。闘技大会で全試合を勝ち抜き、優勝するのだ。そして謁見の場でペネロペ姫を殺せ。もし成功したら、金は言い値で払おう。その代わり失敗したら、君の全てを奪ってやろう。君が大切にしているものを、全てだ。以上。
名もなき者ども

シリーズ:傭兵の契約書

とある傭兵の独白 3
王国の姫様を殺せという信じがたい悪事の依頼でも、大金が得られるのならば引き受けるほかはない。流れの傭兵に選択権など存在しないのだ。……俺の両手は悪に塗れている。罪悪感など、どこかに捨ててきてしまったようだ。
……しかし、俺についてくる人間たちを巻き込むのだけは、心苦しい。なぜ、こんな俺についてくるのか……全く理解ができない。数も増えていた。もう、離れてくれ――しかしその一言が、なぜか口にできなかった。

シリーズ:とある傭兵の独白

素人魔法使いの呟き 5
知らない人同士の戦いを見て、何が楽しいの? 意味わかんない。
それに悔しいじゃない。私がまだ使えない魔法を放っててさ。ふん、いつか絶対追い抜いてやるんだから。

シリーズ:素人魔法使いの呟き

闘技大会運営魔物・猛獣係の疑念 3
なんだよ、あいつ……めちゃくちゃ強えじゃねえか……。檻の中に誘い込むところまでは良かったが、お前の愚かな家族もろとも餌にしてやると言った瞬間、あいつの目つきが変わったんだ。檻の中の猛獣たちをボコボコにした挙句、檻の鍵をぶっ壊し、俺の顎に強烈な一発を……。
しかも、目が覚めたら、すぐ横に救急箱が置いてあったんだ。檻の鍵も直してあったし、猛獣たちも手当てがされていた。……クソッ! なんなんだよ、いったい……。
堅物門番のイグアナな日々 4
前言撤回だ。俺は、弟たちを侮辱する奴を許さない。イグアナにも、天敵に立ち向かうことくらいあるはずだ。それに、力でねじ伏せることは賢いやり方ではないが、効果的な場合もあるのだと学ぶことができた。
さあ、彼らは無事に勝ち進んでいるだろうか? 最後に服の血を軽く洗い流したら、仕事に戻ろう。
臆病キャプテンのトカゲな日々 12
おいおい、この試合に勝ったらついに竜追いのチームと当たるんじゃないか……? 今更だけどよく考えたら、父との感動の再会が戦いの場というのはどうなんだろうか? 私は余計なお節介を焼いてしまったのか……?

コロシアム・本戦準決勝

竜追い好き少女の声援
あたしのパパもママも、あたしが竜追いのファンだってこと知ったとき、すごく困った顔してた。そのときあたし、わかっちゃったの。竜追いはオトナからあんまり良く思われていないんだってこと。特に、あたしのパパやママみたいな真面目でちゃんとしてる人にとってはね。
でも、今日は闘技大会に無理やり連れてきてもらって本当に良かった。竜追いの人たちの戦いを間近で見られたのもそうなんだけど、なによりもみんなが熱狂して竜追いの人たちを応援する姿を見られたことが嬉しかった。パパとママの考えも、少しは変わってくれるといいな。じゃないとあたしが竜追いの人と結婚するときに、猛反対されちゃうし。
物知り老人の回顧
あれはいつのことだったか……。最も勇敢で、皆からも慕われていた竜追いの船が、壊滅したことがあった。その唯一の生き残りだけが、今や最後の竜追いを率いることになってしまうなど、あの頃の誰が予想しただろう。
ありもしない宝を追い続ける馬鹿者――そんなふうに彼らのことを悪く言う人間も多い。きっと時代の流れというものなのだろう。それはそれで仕方ないとは思うが、それでも私は竜追いが好きだ。目立った成果がなくたっていい。どんなに無謀な挑戦だって構わないさ。それでも荒波に立ち向かい続ける彼らの姿勢が、私の心を確かに動かしてくれるのだから。
とある第一貴族の後見
リューゼスたちは調子が良さそうだな。彼らの相手は、海の外から来た冒険者たちらしい。どちらが勝つのか、私にはわからない。もちろんリューゼスたちが勝ち進み、姫様との謁見を果たすことを願ってはいる。しかし、たとえ負けてしまっても、私にはリューゼスたちを責めることなどできないだろう。
彼らはどんなに苦しいときでも、力の限りに前進しようと努めている。それは誰にでもできることではない。たくさんのことを諦めてきた私には、到底できないことだ。
勝っても負けても、今宵は彼らにたくさんの食事を奢ってやろう。それが、老いぼれた私にできる、唯一の支援なのだ。
臆病キャプテンのトカゲな日々 13
何か様子がおかしかった。彼らのうちの一人が父親に会えたはずだ。しかし、熱い抱擁とか止まらぬ感涙とか、劇中で親子が再会したときに繰り広げられるような感動の展開は一切なかったようだった。
いや、しかし……私は薄々気が付いていたのかもしれない。リューゼスはやはりワーウルフだった。もしかしたら、私の記憶違いかもしれない。あるいは何か深い事情があるのかもしれない。そんなことを考えて、彼らにそれを告げることができなかった。
……いや、違うな。……伝える勇気がなかった、それだけなんだ……。私は本当にどうしようもなく臆病で、卑怯な男だ……。

コロシアム・本戦決勝

召喚者の詠唱
右手に隠者の汚れなき魂を。左手に悪魔が望みし欲望の塊を。
遠く沈みゆく陽光に翳しさえすれば、許されざる者たちの因果は繋がれる。
黒き蛇たちよ。今、その瞳を開きたまえ――
王国建築士の役目
世界は破壊と創造を繰り返す、と祖父がよく言っていた。いかに偉大なる建築物といえども、それは同じということか。
今、目の前に佇む円形闘技場に、もうかつての面影はない。壁は崩れ、伝統の堀飾りは潰れ、柱は欠けてしまっている。それでもなお全体が崩壊することなく、闘技場としての形を保っていられるのは、私の祖先の慎重な設計のおかげだろう。
「壊れたのなら、また新しいものを造ればいい」。胸の奥から声がする。今度は、私の番だ。私の全てを賭けて、より偉大でより頑丈な闘技場を造ろう。
闘技大会運営救護係の嘆き 2
もう、なんなの? 出場者の治癒で手一杯だっていうのに、観客まで次々と運ばれてくるんだから。
何が起きたら、こんなことになるわけ? ひどい地響きが何度も聞こえてくるし、きっと広場は、今頃やばいことになってるはず。私も今すぐにでも逃げ出したいんだけど、怪我をしてる人を見ちゃったら、私だけ逃げるなんてことできない。
ああ、もう最悪! 絶対来年はこんな仕事引き受けないから!
臆病キャプテンのトカゲな日々 14
まさか、こんな決勝戦になるとは……。竜追いを打ち負かした彼らが、謎の人物と死闘を繰り広げている。壊れゆく闘技場。逃げ惑う人々。しかし、私は彼らの戦いから、どうしても目が離せない。
たくさんの人々をこの目で見てきた私にはわかる。あの召喚者の悪意は本物だ。この王国の脅威、いや人類全体の脅威となり得るほどの悪意に、身の毛がよだつよ。
……ああ、お願いだ。地獄に落ちゆく私たちを、その手で救ってくれ。死を覚悟した臆病な私たちを、迫り来る黒鯨の脅威から救ってくれた、あの日のように。

シークレットトンネル

盗掘の極意 3
盗掘マスターを目指す君へ! 高い塀に囲まれた城だからって盗掘を諦めてはいけないよ! 守りを硬くした城ほど、隠し通路がつくられているものなんだ!
町外れの教会とか、離れた洞窟とかに繋がっている可能性が高いから、その出口を頑張って見つけよう! 見つけられたらあとはいつもと同じ! とにかく盗掘しよう!

シリーズ:盗掘の極意

ザルツァイト王家の口伝 1
これは、世界のすべてがこれから失うもの、いや未来の人々にとってはすでに失っているだろうものを、いつの日か取り戻すための歌なんだ。そう、失ってしまった者たちに捧げる歌、『喪失者の歌』だ。私はこの歌を口ずさみながら、いつまでも待ち続けているよ。
ザルツァイト王家の口伝 2
『喪失者の歌』を受け継ぎ、守り抜いてほしい。いつか誰かが、その歌を欲するその時まで。
歌が世界を救うだなんて奢りはないけれど、それでも世界を少しだけ変える力はあるはずだ。この歌が必要になるときは必ず来る。だから、よろしく頼むよ。
――吟遊詩人ヒュルド
ザルツァイト国王の早計
私の娘に近づき、あわよくば王国の後継となろうとは、まったくズル賢く無礼な奴らばかりだ! その汚らわしい指を一本でも娘に触れさせてなるものか。我らがハーフヴァンパイアの崇高なる血に混ざりこもうなど、到底許されんぞ。
そもそも、清らかで豊かな人生を送るためには、城外に出る必要など一切ないのだ。娘の欲しいものは全て、私が与えよう。この塀の中こそが、世界で唯一の楽園なのだ。
老いぼれ執事の奮闘
姫様、私は感涙にむせんでおります。ついに姫様が、城の外に足を踏み出しました。
しかし、こうして悠長にしている暇などございません。早速、偽装工作の方を始めなければなりません。まずはベッドに布を押し込んで膨らみをつくり、姫様は体調を崩されて寝込んでいるということにいたしましょう。お食事は私がお運びし、誰一人としてお部屋には入れません。そして時間を稼いだ後、頃合いを見計らって姫様がお逃げになられたことを伝えるのです。いつまでも皆を騙しておくことはできませんからね。
おっと、誰かが部屋の扉をノックしておりますね。私に姫様のような美しいお声を出す技術でもあれば良かったのですが。はて、どういたしましょう。
鳥籠の中の決意 1
城の周りが高い塀で囲われたのは、いつのことだったでしょうか。私がまだ幼い頃、物心がつくかつかないかの頃には、すでに建てられていた気がします。
ある日、ダンが用意した絵本に「鳥籠の外の世界を知らない鳥は、籠の外に出ようとしない」と書いてあるのを見ました。そのときに、ふと気が付いたのです。私が今いる場所はもしかすると狭い鳥籠の中で、籠の外には広大な世界があるのではないでしょうか、と。
鳥籠の中の決意 2
それが事実であることは、すぐにわかりました。私が今いるこの環境は、"普通"とは程遠いことがわかってしまったのです。
私は外の世界に憧れました。ときおり塀の向こうから聞こえてくる闘技場の歓声に心を踊らせ、塀の上に止まった鳥に外の世界のことを聞こうと話しかけ、誰かが私を連れ出してくれる日が来るのではと待ちわびました。そんなとき、ダンが秘密の通路のことを教えてくれたのです。目の前に続いていた暗い通路は、私の足につけられた鎖を千切るための、私にとってまさに唯一無二の活路でした。
鳥籠の中の決意 3
けれど、すぐに逃げ出すわけにはいきません。上手くやらなければ捕まってしまい、きっと二度目の機会は訪れないでしょう。ですから、港にたくさんの船が停泊する建国祭の日、謁見に訪れる異国の優勝者が現れたときに、その方々の力を借りようと思ったのです。
今になって思えば、あまり賢い選択とは言えないかもしれませんね。けれど、それが私の精一杯でした。鳥籠の中で懸命に考えた最善の方法だったのです。
鳥籠の中の決意 4
お父様とお母様には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。塀の中の生活が、私のことを思ってくれた結果であることは、痛いくらいにわかっていましたから。
けれど、私は外に出たかったのです。絵本の鳥は最後に、勇気を出して鳥籠から飛び立っていきました。風に乗って海を越えて、知らない街に寄って、遠くの鳥と出会い、恋に落ちます。きっとそれが本当の自由。本当の人生。世界の果てにある、全ての可能性。私は、その可能性に触れてみたいのです。
臆病キャプテンのトカゲな日々 15
すごいぞ、彼らは勝ったんだ! 優勝した! そして召喚者から王国を救ったんだ!
嬉しすぎて、周りの人々に自慢してやったよ。彼らを運んだのは私の船なんだってね! ああ、最高の気分だ! 彼らにお祝いを言いたいけれど、姫様の謁見があるから仕方がない。今日のところは家に帰ろう。
……いや、ちょっと待て。そういえば私は、彼らの優勝に賭けていたんだ……。前評判なんてないチームだ、配当はいったいいくらになるんだ……? まずい、手が震えてきた……。

魔海域北東部

竜追いテレムの日常
あのクソヤロウ。人使いが荒すぎるんだよ。
闘技大会に参加させられて恥かかされた挙句、二度と王国には戻れねえかもしれねえからって、なんで俺がアイツの酒まで買いに行かなきゃいけねえんだよ。俺はアイツの補佐役であって、子守役じゃねえ。今度、命令口調で酒をせびったら、木瓶を海に投げ捨ててやる。
クソッ……値上がりしてるじゃねえか。無駄なもんばっか買わせやがって。後で絶対、トルリの旦那にチクってやる。
ドラゴンハンターの日記 2
航海36日目。ついに奴が起こしたであろう雷雲を捉えた。巨大な黒い雲の下で、雷が何度も何度も落ちている。まるで世界の終わりのような光景に、さすがの私でも言葉を失ってしまった。
あれほどの雷を避け続け、さらに奴の息の根を止めることなど果たしてできるのだろうか。いや、それでもやるしかない。それが、私の使命であるからだ。

シリーズ:ドラゴンハンターの日記

気候学者の推察 3
雷という現象は、非常に興味深い。本来ならば水を落とすだけの雲が、時折、強烈な雷の魔力を一気に放出するのだ。私にはまだその原理を解明することができていない。
この海域では、他の海域に比べて雷が落ちる確率が格段に高いという。それはとある竜の仕業だと信じられているようだが、果たして本当にそうだろうか? 他の可能性を考えてみる必要があるだろう。……いや、特に何か良いアイデアを思いついている訳ではないのだが。
とにかく、この目で見てみないことには始まらない。しかし問題は、そんな危険な海域にまで連れて行ってくれるような船乗りがいるのかということだ。

シリーズ:気候学者の推察

魔物生態研究報告書 7
竜追いが黄金の竜を探しに行くと言うから、船に乗せてもらうことにしたわ。雷を司る竜、これまでに遭遇した人のほとんどが帰らぬ人になったという噂ね。
……私、震えてる。これはワクワクしてるから? それとも怖いから? どちらにせよこの航海が、私にとって大きな転換期になるような、そんな気がしてるわ。
荒れた海を支配する竜はきっと神々しいのでしょう。何を食べてどんな風に生きているのか、想像もつかない。ああ、この目に焼き付けて、絶対生きて帰って来てやるわ。

シリーズ:魔物生態研究報告書

船大工のこだわり
雷除けには二つの手段がある。一つは、雷をある場所にだけあえて落ちるようにして、他の場所の安全を確保する方法。もう一つは、雷を完全に避けきる方法だ。当然、後者の方が難しいが、リューゼスの要望だったら仕方がない。一流の船大工の技ってモンを見せてやるよ。
雷の落ちにくい構造にするのは当たり前だが、それだけじゃ駄目だ。船材の一つ一つに、これ以上ないってくらいに雷除けの魔法をかけるんだ。こう見えて俺は、魔法も得意なのさ。まあ、だからこそ一流なんだがな。
臆病キャプテンのトカゲな日々 16
なんと、数回分の交易では到底及ばないほどの大金を手にしてしまったよ。これはもう、船をさらに大きくするしかないな。さらに複数の船を買っても良いかもしれない。
「トカゲ商船」はこれから「大トカゲ商船団」になるんだ! そうしたら、私は「大キャプテン」ってトコか? はっはっはっ! 最高だ!
この金で彼らにもお祝いをしようと思ったけど、どこにも見当たらない。巷では、姫様と竜追いたちと一緒にどこかの海へと出てしまったなんて噂も流れている。もしそれが本当なら、行き先はたぶん魔海域だ。彼らは世界を救うとかなんとか言っていた。よくわからないけど、応援しているよ。私は、君たちの友人だからね。

抜け落ちた海

探検のススメ 7
命を落とすかもしれない。そんな危険な場所に行かなければならないときも、いつか訪れるだろう。私はそれを止めはしない。
たくさんの経験をし、万全の準備をし、危険を承知で探検をするのであれば、それは無謀ではない。君たちの健闘を祈っている。

シリーズ:探検のススメ

『喪失者の歌』
憎き吟遊詩人よ、耳を閉じなさい。凪いだ海に荒波をもたらす、この歌が聴こえぬように。さあ、大いなる敵から逃れるために、扉を閉じて、閂をかけなさい。躊躇いは無に帰し、冷たき海に虚飾が流れ出す。歌は、暗闇。憎しみに溢れる嘘は、光の中でさえ暗く、一つの裏切り。
『喪失者の歌』(逆転版)
真実に溢れる愛は、闇の中でさえ光輝く、一つの約束。歌は、松明。決意が鍵となり、母なる海は真実を受け入れる。さあ、小さき我々のために、閂を外し、扉を開きなさい。さあ、荒れた海を鎮めるこの歌を。愛の吟遊詩人よ、聴きなさい。
生還者の言葉
海の中に、穴があったんだ……。海水がそこに流れ込み、円形の滝を作っていた。どれくらいの深さがあるのかわからない。小さなボートで近づいた船員がいたが、潮流に飲まれて、悲鳴をあげながら穴に落ちていった。そして、その穴の中から聞こえたんだ。まるで空気を裂くような、恐ろしい咆哮が……。
それから雷雲がどんどん湧いてきて……。俺たちは必死で船を漕いだよ。どれくらいの日数が経ったのかもわからない。一心不乱に漕ぎ続けていたら、いつの間にか安全な海域に出ていた。もう、俺はあんな場所には行きたくない。おそらく行ったことのある奴にしか伝わらないと思うが、あそこは、なんかヤバイんだ……。
豪運と呼ばれた男の顛末 1
悪人は地獄に落ちると誰かが言っていた。本当にそうならば、この地獄に生まれる前の俺は、きっととんでもない悪人だったのだろう。誰かのパンと金を盗みながら、いつもそう思っていた。港で大声を上げて笑う男の懐にそっと手を伸ばした、あの日まで。
豪運と呼ばれた男の顛末 2
男は俺の腕を強く掴み、そしてこう言った。「盗みは悪いことだ。だが、なかなか筋が良いな」と。
誰かに褒められたのは、それが初めてだった。どう反応したら良いかわからずに逃げもしねえで呆然とする俺の顔を覗き込むと、男はすぐに言った。「今日から俺の船に乗れ。悪いことをしなくても生きていける方法を、一から教えてやる。ついでに、楽しいときの笑い方も、褒められたときの上手なお礼の言い方もだな」と。そう言ってまた笑い声を上げた男の灰色の瞳を見つめて、俺は頷いていた。
豪運と呼ばれた男の顛末 3
それから俺は兄貴――他の若い船乗りに合わせてそう呼ぶようになっていたんだ――兄貴の補佐役に励んだ。命の保証はねえし、大変なことだらけだったが、それでも生きているという実感があった。最高に楽しかったよ。この世界は地獄じゃねえかもしれない。そんなふうに、思えるようになったんだ。
あの頃の俺にとって、竜の至宝なんてどうでも良かった。このままずっと兄貴たちと一緒に船に乗ってさえいられれば、本当にそれだけで良かったんだ。
豪運と呼ばれた男の顛末 4
あの日、俺たちの船は雷竜に遭遇した。俺は、そのとき初めて見たんだ。黄金に輝く翼を。美しいと思ったよ、心の底からな。
……そして、全てが奪われた。どうして俺だけが残されたのか、ずっと考えたさ。俺より強い人間も、俺より正しい人間も、俺より勇敢な人間もいた。地獄に生まれた俺だけが、どうして残されたんだってな。
それを、人々は「豪運」と呼んだ。無力な俺に浴びせられる、ひどい皮肉だと思った。だから、逆に「豪運」を自分から名乗ることにしたのさ。……あの日の後悔を、屈辱を、怒りを、全部忘れねえように。
豪運と呼ばれた男の顛末 5
新たな船員を集めるのには苦労したさ。あんなことがあった後に、そいつの船に乗ろうだなんて、正気じゃねえ。だが、リューゼスの名前は広く知られていたから、兄貴の名前を使えば、勧誘もできねえことはなかった。兄貴の夢を胸に刻むために継いだ名前が、意外なところで功を奏したってワケだ。
それに、トルリの爺さんには、本当に感謝してる。兄貴のことを覚えてくれている人が俺以外にもいるっていう事実が、それだけで支えだった。
……それで、本当にいろいろあって、今の俺がある。俺は多くのものを失ったが、この喪失の先にある未来を、俺は見てみてえと思ってるのさ。
誰かの声
雷を司りし竜よ。世界の行く末に目を向けながらも、何も行動を起こさず、誰の苦労をも知ろうとせず、隠された真実に気がつかず、それでいて尊大な傍観者であり続けるお前に、相応しき使命を与えよう。
願わくば、その苦悩の果てに一つの答えを。それが、世界を照らす光とならんことを。
臆病キャプテンのトカゲな日々 17
どうやら姫様の噂は本当だったらしい。船には、竜追いの後見人、第一貴族のトルリ公爵も乗っているようだ。街は大騒ぎだよ。闘技大会の優勝者、王国の姫様、最後の竜追い、王国の第一貴族が同じ船に乗ってどこかへ行ってしまったんだから。
彼らをこの王国まで運んだのは私だ。おかげで、海上騎士団に一日中尋問を受け、投獄されることになってしまったよ……。ここには冷たい地面と壁、それに天井と金属の格子以外は何もない。ああ、暇だ。彼らは今、どんな冒険を繰り広げているのだろう? それをひたすら想像することくらいしか、私にはやることがないよ。

海底神殿

古代文字の手記 1
海はどこまでも平坦だという考えは幻想だ。地面に穴が空くように、海にも穴が空く。その穴の下には、誰かが造った巨大な神殿があるかもしれない。そして、その神殿でずっと何かを待ち続ける人間がいる可能性だってある。
この世界は、すべてが起こり得る、謂わば"可能性の世界"。凝り固まった常識を捨てろ。可能性を殺す人間は、いつか可能性に殺されてしまうだろう。
古代文字の手記 2
確定した事実を変えることはできない。認識はひどく曖昧だとしても、対象の存在は認識した時点で確定してしまうのだ。
しかし逆に、どんなに悲しい事実でも、知りさえしなければ、それは存在しないに等しい。何を確定させるべきか。そして何を知らないままでいるべきか。立ち止まってそれを考えることも、苦しみに満ちたこの世界では、きっと必要だ。
古代文字の手記 3
誰かが剣を振るとき、剣はその誰かに振られている。誰かが救いの手を差し伸べるには、苦しんでいる別の人間が必要だ。誰かが生き抜くためには、沢山の動物や植物の命を食らわなければならない。何かを優先したとき、別の何かが後回しにされている。
この世界に平等なんてものはない。全員が幸せになる方法など、あり得るはずがないのだ。ならば自らの幸福だけを考えて生きて何が悪い? その結果、誰かの願いを犠牲にしたとしても、「仕方ない」と思うしかないだろう。
古代文字の手記 4
人は忘れることができる生き物だ。罪悪感はいつか消える。1000年前に生きていた誰かの苦しみを、覚えている人間などいないだろう。犯した罪も、罪を犯したことによる苦しみも、いつかは細かな塵となり、風に飛ばされて消えてしまうはずだ。
……しかし、この世界の誰か一人だけでも、あらゆる可能性を信じ、悲しい事実にも絶望せず、全ての人間の幸福を願い、罪を犯すことを躊躇うような、そんな人間であってほしい。私には到底できることではないが、誰かがそうあってくれれば、きっと世界は今よりも良くなるはずだ。
祭壇に書かれた古代文字
海の神よ、愚かな我々に与えたまえ。生き抜くために必要な一握りの愛と、灯火の如き小さな勇気を――
臆病キャプテンのトカゲな日々 18
一匹のイグアナが鉄格子の向こうから歩いて来た。いや、冗談だ。兄が面会しに来てくれたんだ。
嬉しかった。なんでもない会話をしただけなのに、涙が溢れてきた。兄は、私を解放するように方々を回って、手を尽くしてくれているらしい。どんな手を使っているのかは教えてくれなかったけど、兄のことだからたぶん悪い方法ではないんだろう。
とても安心したよ。あとは信じて待っているだけでいい。兄は、私たちのピンチにいつも駆けつけてくれたんだ。今回だってきっと、なんとかしてくれる。

吟遊詩人ヒュルドの識界

吟遊詩人ヒュルドの思い出 1
僕は最初、冒険なんかに乗り気じゃなかった。旅は一人の方が気が楽だし、危険な場所に自分から行くなんて、愚か者のすることだと思っていたんだ。
だけどあの日、アルテスに会ったとき、僕の中にずっと潜んでいた孤独が埋められた。自分でも知らなかった。僕が「寂しい」なんていう気持ちを持っていたことをね。
僕は、自分自身のことを良く知らなかったんだ。だから、彼についていけば自分がどんな人間なのかわかると思ったのさ。
吟遊詩人ヒュルドの思い出 2
アルテスが掲げる理想は、鼻で笑いたくなったり、身体がむず痒くなったりするようなものばかりだった。彼はつむじから爪先まで理想でできた人間で、一方、僕は産声を上げた瞬間から現実主義者だったんだ。
何度も衝突したよ。だけど、互いを嫌いになることはなかった。少なくとも僕は、彼を尊敬していたからね。なぜそこまで恥ずかしげもなく理想を語れるんだって不思議だった。時折、彼の言動は本当に眩しくて、そんなとき僕は自分の冷たさが汚らわしく思えてきて、どうしようもなく嫌になったんだ。
吟遊詩人ヒュルドの思い出 3
冒険を通じて、僕はたくさんの感情を知ったよ。冒険に出る前だったら口にするのも恥ずかしかった「愛」も、その一つだ。僕は自分のことを最後まで好きになることはできなかったけど、誰かを好きになることはできるようになったし、歌で理想を語ることもできるようになった。皆で口ずさんだあの歌は、今でも大好きなんだ。
……あのとき、僕たちは選択を迫られた。これ以上ないってくらい悩んだよ。そして、選んだ。その結果がこの世界ってわけだ。
僕は、誰かに謝ろうとは思わない。今思い返しても、これが最善の選択だったからね。だけど願わくば、もう終わりにしてほしい。永遠という時間は、たった数十年で死を迎えるはずの人間には、やはり長すぎるんだ。
アルテス・デンドルライトへ 2
君のことは、最後まで嫌いになれなかったよ。思い返せば僕は、君に認められたかったのかもしれない。だから、君の意見が正しいと思っていたにもかかわらず、わざと刃向かったこともあった。謝るよ。
……あまり言いたくはないけど、君には本当に感謝しているんだ。なにって、その、なんだろう。まあ……とにかく全部だよ。
僕が今でも諦めないでいられるのは、君が絶対に諦めていないだろうことがわかるからだ。最後まで、君は絶対に諦めない。永遠だろうと根比べで負けるはずがないんだ。だから、僕も諦めないよ。君だけに重荷を背負わせるなんて、絶対に嫌だからね。……じゃあ、また。全てが終わったら、歌でも歌おうか。
臆病キャプテンのトカゲな日々 19
やっと釈放された。久々の太陽は眩しくて、海は綺麗だし、潮風は心地いい。
兄は少しだけやつれているように見える。きっとたくさん心配してくれたのだろう。ありがとうと言うと、兄は黙って小さく頷いた。その仕草がイグアナみたいで、私は少しだけ笑ってしまった。
姫様たちは、まだ戻っていないらしい。近くの海域に出た捜索隊も全く成果を得られず、おそらく魔海域に向かったのだろうと結論づけられたようだ。私の予想だと、竜の至宝を手に入れるために姫様が必要だった、ってトコだ。だとしたら、用が済んだら姫様を返しに戻って来るはずだ。彼らは、悪人ではないからね。

ディープシーケイブ

深海の記憶 1
世界に最初の命が生まれた頃、そこには数多の水があった。水は命の鼓動を包み込み、それをゆっくりと大切に育て上げた。
深海の記憶 2
最初の命は新たな命を生み、その命がまた新たな命を生んだ。延々と膨れ上がる生の連鎖を、水は静かに見守り続けた。
深海の記憶 3
しかし、命には終わりがあった。最初の命が消えてしまったとき、水は初めて「死」を知った。
深海の記憶 4
新たに生まれた命も、いつかは失われてしまう。命が紡ぐ生の連鎖は、死の連鎖でもあったのだ。
深海の記憶 5
水は命を大切に思うと同時に、命を哀れんだ。そして水は望んだ。全ての命が、死のない世界に導かれることを。
深海の記憶 6
死のない世界とは、生のない世界。死の連鎖を止めるには、生の連鎖を止めなければならない。
深海の記憶 7
水は決意した。全ての命を、水に還そうと。はじめから何も生まれなければ、何も失うことはないのだから。
深海の記憶 8
そして、世界は水で満たされる。全ての命は流され、飲み込まれ、水に還っていくはずだった。
深海の記憶 9
しかし、命は失われなかった。いつの間にか、世界は歪な檻に囚われていたのだ。
深海の記憶 10
全ての死が、なかったことになる世界。しかし、命が永遠に死に続ける世界。次に何をすべきなのか、水にはもうわからなかった。

忘らるる金塊船

トレジャーハンターの日記 1
海底に沈む船を偶然見つけたときには驚いたが、さらにその船が金塊を運んでいた海賊船だとわかったときにはもっと驚いた。これで俺たちも億万長者だ……ただただ辛いだけの海底探査をやっと辞めることができる。
しかし、良い船だ。船室もたくさんあるし、装飾も凝っている。長い間、海中に沈んでいたとは思えないほど美しく、こうやって船室の椅子に座って日記を書きたくなるくらいだ。
……ん? 水中のはずなのに、俺はいったい何を……
トレジャーハンターの日記 2
おかしい……俺は夢でも見ているのだろうか。船室は水に沈んでいないし、俺には水中呼吸の魔法もかかっていない。しかも、俺は空気を吸って吐いている。いや、それどころか、船が揺れている……。海上を航行しているのか……?
俺は、船室の扉に一度手をかけたが、開けるのはやめた。この部屋から出たらもう二度と"現実"に戻れない。そう直感したのだ。今にも俺は正気を失ってしまいそうだ。だからこうして日記を書き殴っている。
……ああ、廊下を駆ける足音がする。誰かがこの船室にやってくる……。やめてくれ、俺は海賊なんかには……
トレジャーハンターの日記 3
船室の扉を勢いよく開けたのは、船長だった。この沈没船の船長じゃない。俺が乗っていた探査船の船長だ。潔癖だったはずの船長の顎には髭がびっしりと生えていて、黒い三角帽子が頭に乗っていた。
日記を書き続ける俺に向かって、船長が「早く起きろ」と怒鳴りつけてくる。どうやら、略奪の準備をしろということらしい。船長の後ろにはカットラスを腰に差した仲間たちが呆れた様子で立っているのが見えた。ああ、俺は寝坊してしまったのか……。
いや、俺は海賊じゃない……。じゃあ、俺は何なんだ? 船乗り……だったか? ああ、もうわからない……。なぜ俺は……何を……書いて……
私掠免許状
汝、荒海を統べる者。我が国の秩序を乱す船々の拿捕を許可する。与えられしその力を、正義の名のもとに遺憾無く発揮せよ。
船長の心得 1
人間は、裏切る生き物だ。どれだけ神に誓おうとも、止め処なく溢れる欲望を捨てきることなどできるはずもなく、ひとたび金塊を目にしてしまえば、忘れることなどできはしない。口では正義を語る人間も、密かに自らを裏切り、欲望に従って生きている。
ならば、人間を支配するのは簡単だ。そいつらの欲望を満たしてやればいい。都合の良いことに、自ら悪事を働きたくはないが悪事を働く者が得る利益を分けてもらいたいと考える無責任で強欲な人間が、この世界には溢れているのだから。
船長の心得 2
悪に染まることを厭わない人間を見て、恐怖する人間は多い。しかしそういう奴らに限って、その眼差しに羨望が含まれていることに気が付いていない。恐怖とは、未知のものに対する羨望と好奇心と危機感が生み出すのだ。
ならば、人間を懐柔するのは簡単だ。恐怖する人間から、危機感だけを取り除いてやればいい。そいつだけには危害を加えないと口約束をする。たったそれだけで、安心感は好意に、そして羨望は興奮へと変わるのだから。
船長の心得 3
一人の人間では到底使いきれないほどの金塊、あらゆる人間を従えるだけの地位、末代まで語り継がれるであろう名誉。それらの全てを手にしたが、俺にはどれも必要ない。真に必要なものは初めから一つ、この船だ。
俺の自由を邪魔する奴らを排除し続けているうちに、いつの間にか世界を手にしていたというだけのこと。たとえ死んでも俺は海を巡り、自由を求め続ける。この船さえあれば、それも可能だろう。そう、潰えぬ夢の中で、永遠に。

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  • 制海 -- 2024-03-03 (日) 20:47:32

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第4章

機械仕掛けの篝火を

ソルトルート

賢い少女の決意
私、見ちゃったんだ。かくれんぼしてて、船の倉庫に入ってみたら、大きな樽がたくさん並んでて、塩がいっぱいに入ってたの。
パパはね、塩をつくるには、海の水を乾かさなきゃいけないって言うんだ。でも……あんなにたくさんの塩をつくってたら、いつか海は全部乾いちゃうんじゃない? それってなんだか寂しいって思うから、私、決めたんだ。これから、塩を使った食べ物は食べないの。ふふふ、これで海は守れるかな?
海上騎士団長の思い出
私が海上騎士団の見習いだったころ、ソルトルートは危険な海域として知られていた。ザルツァイトから輸出される塩を狙って、海賊船が至る所に浮かんでいたのだ。
今では随分と平和になったが、これは先輩方の御尽力に依るところが大きい。海賊の横暴を決して許さず、ひたすらに駆逐を目指し、それを遂に実現した誇り高き海上騎士団。私は今でもあの先輩方の背中を追っている。この平和な海を眺めるたびに、改めてそれを思い出し、さらに精進せねばと奮い立たされるのだ。
見習い交易商人のメモ 8
塩は誰もが欲しがる最高の商品だよ。でも、だからって適当に売り捌いちゃだめなんだ。塩の売買で大切なことは、とにかく大量に欲している買い手を見つけること。
狙い目は、田舎の修道院や病院、あるいは魔法学校あたりだよ。治療か、保存食づくりか、あるいは魔術か、何に使うのかはわかったもんじゃないけど、彼らはいつも塩を欲しがっているんだ。いけると思ったら迷わず全部売ってしまうんだよ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

商人ギルドの通達
今夏の塩の価格は、需要の増加に伴い上昇傾向にあり。他国大手商船団の買い占めによる価格の高騰が懸念されるため、一時的に他国船の購入制限を設ける。制限量は追って通達。各位、留意されたし。
竜追いテレムの航海日誌 1
まさか俺がザルツァイトを離れる日が来るなんてな。親も兄弟もいねえ俺には惜しむ気持ちはねえし、この先にどんなやべえ海が待ってるのかって興奮しかねえ。
知らねえ海を渡るんだ。せっかくだからこうやって日誌を書いていくことにした。学のねえ俺たちに読み書きを無理矢理叩きこんでくれたトルリの旦那に、感謝しねえとな!

竜巻諸島

気候学者の推察 4
島々に暮らす数少ない住人の話では、竜巻は一度たりとも完全に消えたことがないのだという。
水と風の魔力が強く衝突することで、竜巻は発生すると考えられている。つまり、この海域には水と風の強い魔力が常に流れ込んでいるということだろう。しかし、肝心の魔力の源は発見できていない。まったくもって不思議である。この現象について丁寧に探れば、世界の真理に近づけるような気がしている。
私も随分と老いてしまったが、研究者としての情熱が潰える日は、まだ先のようだ。

シリーズ:気候学者の推察

素人魔法使いの呟き 6
ただの風でも髪が乱れるから絶対いやなのに、竜巻なんてもうサイアク。せっかく習得した天候変化の魔法を使っても、ぜんぜん弱まらないし。
……でも私、それより大事なことに気づいちゃったんだけど、こんな危ない島に住人なんてホントにいるの……? 届け物の依頼って、もしかして罠? どうしよう、もう帰っちゃおうかな……。

シリーズ:素人魔法使いの呟き

頑固者の憤慨
神聖なる竜巻に守られたこの島々は、悪しき者たちが決して近づくことのできない聖域なのだよ! にもかかわらず近頃の若者ときたら、やれ不便だやれ危険だなどと言って島からすぐに出て行こうとする! まったく、伝統を守ろうという気持ちは少しでも持ち合わせていないものかね!?
クソッ……! 今日は配達が遅いではないか!? 老人だらけのこんな島では食料自給も難しいというのに……まったく何をやっているのだ!?
竜追いテレムの航海日誌 2
魔海域を航海しまくってたときは、リューゼスのヤロウについてったらいつか死ぬんじゃねえかっていつも思ってたんだ。だがいざ安全な航路を進んでみると、退屈で仕方がねえ。
竜巻諸島に突っ込むってんで、どっかの王子様やら選ばれしなんとかやらっつうアイツらは驚いてたみてえだが、こんなのは屁でもねえだろ。俺たち船乗りの本気ってヤツを見せてやるぜ!

約束された凪

こそ泥サルベージャーの自尊
凪の海域で船を進めてたら、監獄島へと向かう黒塗りの船とすれ違ったんだ。ありゃまるで悪魔の船って感じの恐ろしさだったぜ。いったいどんな犯罪に手を染めたら、あんな船に乗せられるんだか。
犯罪ってのはな、バレないようにこそこそ小さくやるもんなんだよ。一発ドデカくやっちまおうなんて奴は、俺からしてみりゃあ愚かの極みって感じさ。
ヘッ、ここら辺の海底に落ちてる古代の機械は集めりゃ結構な金になるんだ。やばい、俺って本当に賢すぎて、最高にイケてるぜ。
悩める漁師の自問
波風の立たない海を眺めていると、不思議な気持ちになるの。そして、いろんなことを考える。何も起きないってことは本当に良いことって言えるのかなとか、この海は何を思っているんだろうとか、私はどうやって生きていくべきなんだろうとか。答えが出るわけじゃないけど、でもこうやって考えることに意味はあるって思ってる。
……ふう。もうちょっとこの仕事、頑張ってみようかな。
気候学者の推察 5
海上には強い風が吹き、荒波が立つと決まっている。陸とは異なり、海には風の魔力の流れを遮る物がほとんど存在しないからである。しかし、この海域だけは例外だ。周辺海域でどんな嵐が起きていようとも、この海だけは決して荒れることがないのだ。
物事の例外には、深い理由が存在して然るべきだ。私はこう推察する。風の魔力の流れを打ち消す"何か"が、隠されているのだと。しかし、ここまで来てなおその手掛かりは一向に見つけられない。……諦めるものか。学者の本分は、失敗と前進にあるのだから。

シリーズ:気候学者の推察

竜追いテレムの航海日誌 3
あれは「キカイ」で合ってんのか? 牛の形をしたやべえヤツが襲ってきて、大騒ぎだった。アイツらはさすがに負けなかったみてえだが、何やらまずいことが起きてんじゃねえかって会議はしてるみてえだ。まあ細けえことは俺には関係ねえが、あんなキカイがもしもこれからも大勢出てくるってんなら、それも大航海って感じで良いじゃねえか? なあ?

プリズナーズライン

脱獄名人の画策 1
監獄送りにされることが決まった囚人のほとんどは、監獄に輸送されているこの段階で脱獄の準備を始めなければならないことに気づいていない。監獄の周辺環境の観察や、囚人の輸送法や輸送頻度の把握など、今しかできないことは多いのだ。金に困っている看守と繋がりを持つことだって可能かもしれない。
後になって「あのときああしていれば」などと思わないように、できる準備は全てしておく。それが名人のやり方だ。
探検のススメ 8
「状態異常」には様々な種類がある。それらを駆使することは、戦いを有利に進める上でとても重要だということは、前にも話したはずだ。
今回はその上級編だ。この世には、敵や君自身がある状態異常になっているときにのみ特別な効果を発現する装備が存在する。「自身が毒状態のときにだけ、毒の威力が上昇する短剣」などがその例の一つだ。使いづらい……と思ったかもしれない。しかし、これらの装備をどう上手く活用するか。それを考え始めることができれば、君は探検はもっと素晴らしいものになるはずだ。

シリーズ:探検のススメ

新米冒険者の気づき 9
海の森には隠されたお宝がある、なんて誰が言ったんだろう? どこを探してもお宝どころか、遺跡や小さな島すら見当たらないんだ。
今まであまり考えたことなかったけど……僕って、もしかして騙されやすい性格なのかな? かなりショックだけど、これもまた気づきの一つだ。これからは騙されないように気をつけて、"したたかさ"ってやつを身につけていかないとな。あんまり……自信はないけど。

シリーズ:新米冒険者の気づき

竜追いテレムの航海日誌 4
虫ってのはどうも苦手だ。こそこそ動き回ったり血を吸ったり死体に大量に湧いたり、気色悪いったらねえ。
今日、海の森でリューゼスのヤロウがニヤニヤしながら近づいてきて、「肩にでけえ虫がついてるぜ。お前の新しい子分か?」ってほざきやがったんだ……。アイツにバカにされると頭にくるから、その虫を平気な顔して握りつぶしてやった。アイツのつまんなさそうな顔はケッサクだったが、手の平に残ったあの感触は……思い出したくもねえよ。

スチームウォール

囚人輸送船船長の呟き
この通行許可証さえあれば魔物に襲われる心配がないことは十分に理解しているものの、蒸気の海を抜ける際にはどうしても気が張ってしまう。
もしもこの輸送船が沈み、囚人が逃げ出すなどということになれば、我が小国の信用は落ち、危険な罪人たちを自国に収容・管理していかなければならなくなる。それ以外にも問題が山積している我が小国に、そのような余力などないだろう。無事に囚人を届けなければならない私の責任は、とてつもなく重いのだ……。
噂好きの怪談噺
こんな噂話がある。監獄島の周囲を覆う蒸気の海を抜けると、船に乗っている人間の数が、一人増えていることがあるらしい。誰が増えたのか、調べてみてもなぜかわからない。そのまま夜が明けると、今度は一人減っていて、元の人数に戻るんだと。それでほとんどの人間は安心するらしいが、賢いヤツだけがそこで気づく。もしかすると誰かが消されて……何者かに"入れ替わって"しまったんじゃないか、ってな。
魔物生態研究報告書 8
この蒸気の海で生態調査ができるなんて、信じられないわ。本部は監獄島にどれほどの大金を積んだのかしら?
まあそれも、私には関係のないこと。蒸気の中には、"姿を消す魔物"が潜んでいると聞いてるわ。ふふ……いったいどんな顔をしているのかしら。その透明のヴェールを剥がすまで、絶対に帰ってやらないわ。

シリーズ:魔物生態研究報告書

考古学者の知見 4
考古学者の間で実しやかに囁かれる一つの噂があった。「ある火山島には、古代戦争に使用された脅威の兵器が眠っている」と。噂の出所はわからない。くだらないと一蹴する者がほとんどだが、私の敬愛する友人は違った。
彼は、監獄島と呼ばれる謎多き島に機械兵器が眠っていると推察し、単身向かった。しかし……以来、彼からの連絡はない。かくして私も彼の後を追い、こうして監獄島への潜入を試みているわけだ。この蒸気に覆われた海を抜けたら件の監獄島に着くはずだ。いったい何が待ち受けているのか。私の指が震えてしまうのは、恐れからだろうか、あるいは興奮からだろうか。それすらも今は、わからない。

シリーズ:考古学者の知見

竜追いテレムの航海日誌 5
魔海域の他にもいろんな海があるもんだぜ。蒸気の中にはやべえ魔物もいるから、この先の監獄島からの脱獄がムズいって話だ。
だが正直なとこ、そこまでして脱獄って防ぎてえもんか?って俺は思うがな。悪いヤツなんて世の中に溢れてんだから、ちょっとくらい脱獄者がいたって何にも変わんねえだろ? それがイヤなら監獄に入れずに最初から殺しちまえばいいだろ? 偉いヤツらの考えってのは、よくわかんねえな。

監獄島の港

監獄修道院修道士の教え
この監獄島には、たくさんの囚人が暮らしています。しかし、彼らのことを、決して蔑んだり哀れんだりしてはなりません。こうして祈りを捧げる私たちと罪を償おうとする彼らとの間に、違いなどないのです。
私たちは皆、生まれながらにして罪人。全ての生は、罪を償うために与えられた試練なのですから。
新人看守の回顧録 1
あの満月の晩、私たちは港町の警邏を担当していました。火山がいつもよりも静かで、「今夜こそ"悪しき者"が現れるのではないか」と相棒と二人で冗談を言いながら港町を歩き回り、夜更けには城に戻ってきました。
そこで……私は違和感を覚えました。暗闇の中で、屋敷の正門がわずかに開いていたのです。「監獄卿のお孫さんがまた"夜の探検"にでも出てしまったのか」とそのときは思いました。しかしそれは……間違いでした。
もしもあの晩、警邏の担当ではなかったら、私たちもあの惨劇に……。そんなことを考えてしまう私は、看守失格でしょうか?
監獄島の若者の夢
私、大人になったら結界守になりたいなあ。看守もかっこいいなって思うんだけど、監獄に囚われてる人たちってやっぱり……ちょっと怖いから。それに、結界守の方が、町を守ってるって感じがするよね。結界がなかったら、噴火で飛んでくる岩とか火の玉とかで町は大変なことになっちゃうんだから。
……まあ、あともう一つ理由があるんだけど、結界守のおじさん、いっつも本を読んでるだけなんだよね。すごくその、楽な仕事なのかなって、思ってるの。ふふ、どうせ仕事をするなら、楽な方がいいに決まってるよね?
結界守の昔話
この魔法結界は、かつてこの島を訪れた偉大な賢者が作ったと言われているんだ。我々がこの危険な島に暮らすことができているのは、その賢者のお陰だというわけだ。ん、その賢者の名前? ううむ……何だったかな。ゼイルだか……サインだか、そんな感じだった気がするが……。次回までにおじさんが調べておくよ。今日のところは、勘弁してくれないか?
ドラゴンハンターの日記 3
竜の棲む場所は、人間にとって過酷な環境であることが多い。その意味で、監獄島の恐ろしき火山にも竜が棲んでいるのではないかと思ったが、その考えは間違っていなかった。古い文献にたった一つ「火の山と地に堕とされた竜」という言葉が登場したのだ。あの火山には竜が棲んでいるのではないか?
私には、真相を確かめる責務がある。しかし目下の課題は、監獄島への侵入方法だ……。

シリーズ:ドラゴンハンターの日記

グルメな命令書 9
監獄だらけの島には、火山の噴煙で燻しながら焼いた絶品ステーキがあるらしいわ! しかも一口食べるだけで、その人の罪が半分に減るっていう噂じゃない! この私に罪なんて一つもないでしょうけど、罪を減らすほどの味が本当に気になって仕方がないわ!
しかも、何の肉を焼いているのかについての情報が一切ないじゃないの! まさか罪人の肉なんてことはないと思うけど、今すぐに監獄島に潜入して確かめてきなさい! もしも保存の利く燻製肉だからってゆっくり持って帰ってきたら、あなたも監獄送りにしてあげるわ! 覚悟して頂戴! 

シリーズ:グルメな命令書

見習い交易商人のメモ 9
謎多き監獄島との交易は、特別な専売許可が必要だよ。許可が得られれば利益を独占できるけど、美味い話にはデメリットが付き物なんだ。
どうやら、許可を貰った商人は「監獄島の内部のことを口外してはいけない」らしいんだ。自分の口は重いから大丈夫と思っていても、気が緩んだときに口にしてしまうかもしれない。それに、もし口外したらどんな拷問を受けるか、あるいは殺されてしまうか、わかったもんじゃないよ。得体の知れない奴らには関わらないのが一番なんだ。わかったね?

シリーズ:見習い交易商人のメモ

慎ましき島民の声
周辺の国々では「監獄島に入ったら二度と出られない」などと言われているようですね。しかし、私たちも監獄卿に許可をいただけば島外へ出ることも可能ですし、そもそも私たちは望んでこの島に住んでいるのです。
監獄卿は素晴らしい御方です。行く当てのなかった私たちに手を差し伸べ、住処と仕事を与えてくださりました。周囲からはそう見えないかもしれませんが、監獄卿は常に私たち島民や囚人たちのことを想っておられます。願わくばこの慎ましい生活が、ずっと続きますように。
竜追いテレムの航海日誌 6
監獄島なんてやばそうな名前をしてるからどんな感じかと思ってたら、港町は結構普通じゃねえか。まあ山が火とか岩とか煙とかを噴き上げまくってるのは異常ではあるがな。
それにしても、世界を救うっつう目的には、なんつうか……ぴったりな場所だ。物知りな仲間が「火山のてっぺんには悪の親玉がいるってのがジョーシキだぜ」っつってたんだ。確かに俺もそんな物語をちらっと聞いたことがある。
さあ、ここからアイツらは火山に登って悪の親玉と戦うんだろ? ……と思ったが、看守と戦ってねえか? 何してんだアイツら。

監獄迷宮

床に書かれた古代文字
罪を咎められた者の前には、二つの道が続いている。一つは、自らの愚行を悔やむ贖罪の道。もう一つは、世界の全てを恨む独善の道。
しかし、どちらを選択したとしても、未来はさほど変わらない。君がこの監獄の冷たい床の上で息を引き取ることは、もう決まってしまったのだから。
二級囚人の現実
あーあ。どうしてあんなヘマしちゃったんだろう。いつもだったらもっと上手くできたのになあ。まあこれも反省ってことで、ぱっぱと罪を償ってまた仲間のところに戻ろう。大金を稼ぐついでに運命の人まで見つけちゃって、幸せな家庭を築いちゃおっかな。
えっと、私の刑期って何年だっけ? え……333年? やば。
模範名誉囚人の好奇
監獄迷宮のどこかに、千年刑を宣告され、死することも許されない極悪人が囚われているという噂がある。懺悔にも飽きてしまった私は、いつからかその者の捜索にのめり込んでいった。
しかし、監獄迷宮の構造はあまりに複雑で、未だに全貌を把握できていない。本当に……囚われているのだろうか。私は湧き上がる好奇心を抱いて、今日も監獄迷宮の奥深くへと潜っていく。
脱獄名人の画策 2
どうやらこの監獄迷宮には、魔力を制限する結界が張られているらしい。外側から転移魔法で監獄内に囚人を送ることは可能だが、囚人が魔法を使って外に出ることは不可能な仕組み。くわえて、看守が直接この監獄内に来ることはほとんどないようだ。実にシンプルでよくできた脱獄防止策だ。
これはすぐに脱獄することは難しいかもしれない。しかし……焦っても仕方がない。まずは情報を集めるところから始めよう。
新人看守の回顧録 2
城内は血まみれでした。城内警備を担当していた仲間の死体が廊下に転がっていて……何かを引き摺るような血の跡が続いていました。
私たちは震える足で、それを辿りました。そして……食堂で見つけてしまったのです。監獄卿とご家族が、一人残らず……。血溜まりが月明かりを……あのような殺戮は……まともな人間のすることではありません。いえ、悪しき者の仕業だとしても、あれはあまりに……。
私たちは助けを呼ぼうと思ったのですが、情けないことに……腰が抜けて足が動かなくなってしまいました。しかし、そのとき、看守長の服を着た……えっと、そう……ティルフィさんが来て……言ったんです。「私の好きだった監獄卿は、亡くなってしまいました」と。その声があまりに冷静で……私は、なぜか安心したのを覚えています。
竜追いテレムの航海日誌 7
おいおい、やべえぞ……。リューゼスもアイツらも、甲冑の男に消されちまった……。トルリの旦那だけはなんとか逃げてきたみてえだが……。アイツらがそう簡単にくたばるわけねえって今は信じるしかねえ。
しかし……港町のヤツらは良いヤツばかりで助かったぜ。どうやら前のカンゴクキョウとかいうヤツは、ずいぶんと慕われてたみてえだ。あの甲冑の男はそれを全部ぶち壊しちまったってワケだ。
ん? それってやっぱり悪の親玉ってヤツじゃねえか?

罪人たちの楽園

盗掘の極意 4
盗掘マスターを目指す君へ! 一度捕まったくらいで夢を諦めてはいけないよ! 「失敗のない偉人はいない」って成功者は口を揃えて言うんだ! どうして捕まってしまったのかをまずは考えよう! そして次に脱獄だ! 脱獄に成功したら、これからは入念な下調べを行って、誰にも見つからないように慎重に盗掘するんだ! ほら、また一歩盗掘マスターに近づいた!

シリーズ:盗掘の極意

グルメな命令書 10
監獄島に関する情報はものすごく少ないわ! でも、私のグルメ情報網をあんまり舐めないで頂戴!
監獄島の囚人には、年に一度だけ豪勢な監獄食が振る舞われるらしいわ! それがどんな料理なのかはわからないけど、あまりに美味しすぎて囚人たちの間で奪い合いの大乱闘が起きるらしいじゃない!
やっぱりあなたは監獄送りよ! もう根回しは済ませたわ! 適当なタイミングで出られるようにしてあげるから、安心して服役してきなさい!

シリーズ:グルメな命令書

新人看守の回顧録 3
新しい監獄卿は……私たちを恐怖で支配しました。いつ殺されてもおかしくない状況……。まだまだ新人の私がこの仕事に対して持っていた小さな誇りも、それを尊重してくださった先代の監獄卿も、穏やかな生活も、全てが一晩にして奪われてしまったのです。
怒りと悲しみと恐怖。しかし無力な私たちには、何もできなかった。……いえ、何をすれば良いのかわからなかった。そんな私たちに「表向きは新しい監獄卿の命令に従うべきだ」と道を示してくれたのはティルフィさんでした。そして私たちは、彼が提案した作戦に命を懸けることにしました。外の世界から来るという者たちに……運命を委ねるために。
傭兵の契約書 4
——傭兵ダムレイ。
契約を違いし者には、然るべき制裁が与えられる。永遠に抜けることのできない牢獄に、君たちを送ろう。しかし、もしも牢獄から抜け出せたのなら、もう一度だけ機会をやっても良いだろう。君の全ての望みを叶える機会を、だ。以上。
名もなき者ども

シリーズ:傭兵の契約書

とある傭兵の独白 4
俺の罪が、赦されることなどあるはずがない。全ての過ちはこの身の奥底に深く刻まれている。血を流し続けるこの傷と共に生き、苦しみの中で死んでいかなければならないのだ。
だが……ここで諦めるわけにはいかない。皆を必ず救う。もう少し……待っていてくれ。

シリーズ:とある傭兵の独白

竜追いテレムの航海日誌 8
死んだかと思った看守もぜんぜん死んでねえし、ティルフィとかいうスカしたヤツがアイツらを救いに行きましょうとか言い出しやがるし、何なんだよこりゃ……? トルリの旦那の知り合いっつうから悪いヤツじゃあなさそうだが、ヤツの態度にはなんかわかんねえが違和感がある。どうにも嘘くせえっつうか……だが、他に手がねえことも確かだ。クソッ、こんなときにリューゼスのヤロウがいたら……なんて思うのはやめろ! 俺たちがアイツらを助けに行くんだよ! 

贖罪の双子塔

南京錠に書かれた古代文字
悪人と善人を分け隔てるものは何か? その答えの一つが「信頼」だ。善人は誰かを信頼し、誰かに信頼される。一方で、悪人は信頼をすることも、信頼を得ることも難しい。
つまり、もしも君たちが誰かと真なる信頼関係を獲得したのであれば、きっと贖罪を果たしたということなのだ。
脱獄名人の画策 3
なるほど、双子塔か。わざわざ脱獄方法を用意してくれるとは、おあつらえ向きだ。
しかし、本当にこのまま塔に登り、魔方陣に触れても良いのだろうか。これまで私は単身で脱獄に成功してきた。誰かを頼るなど、あまりに不確定要素が多すぎる。
なんとか仲間を集めることには成功したが、彼らが信用できる人物かどうかは、未だわからない。……本当に良いのか? もっと確実な脱獄方法を探すべきではないか?
兄妹天使の会話 1
「ねえ、お兄ちゃん。罪って何?」「妹よ。罪とは、人間が持つ穢れのことさ」「じゃあ、お湯を浴びれば罪は流せるんだね?」「いいや、罪は心にこびりついていて、お湯じゃあ流せないのさ」
兄妹天使の会話 2
「ねえ、お兄ちゃん。贖罪って何?」「妹よ。贖罪とは、善いことをして罪を赦してもらうことさ」「じゃあ、善いことって何?」「善いこととは、それが善いことだってみんなが思っているだけの、本当はあまり意味のない行為のことさ」
兄妹天使の会話 3
「ねえ、お兄ちゃん。足枷って何?」「妹よ。足枷とは、その足首に繋がっている金属のことさ」「どうして、私たちは足枷をしているの?」「それは僕たちが、神に逆らう大罪を犯したからさ」
兄妹天使の会話 4
「ねえ、お兄ちゃん。本質って何?」「妹よ。本質とは、隠されて見えないけど、一番大切な部分のことさ」「どうして、大切なのに隠されているの?」「大切なものほど、見えない場所に隠したくなるものなのさ」
竜追いテレムの航海日誌 9
船が溶岩の上を進んでるってのに、全然燃える気配がねえ。ティルフィのヤツの特別な力のお陰らしいが、アイツ本当に人間かよ?
だが、これで助けに行けるぜ。大人しく待ってろよリューゼスのヤロウ。「今度は世界を救いに行くぜ」っててめえが言ったから、俺はまだ船に乗ってんだ。こんなとこでくたばったら一生許さねえからな。

逆流溶岩道

聡明なる島民の声
本当に珍しいことなんだけど、溶岩が逆流することがあるの。麓の溶岩湖から山腹を登って、頂上へと戻っていくんだ。
天変地異の前兆だとか悪魔のいたずらだとかって騒ぐ人もいるけど、当然のことなんじゃない?って正直私は思う。私たちだって、息を吸っては吐いてを繰り返しているでしょ? 物事の全ては循環なの。火山だって、溶岩を吐いているだけじゃきっと"息苦しく"なっちゃうと思うんだ。
のんびり看守の哀しみ
……なんだかすごいことになっちゃったなあ。こんな僕のこともいつも気に掛けてくれた監獄卿が亡くなっちゃったのは、本当に哀しいよ。監獄卿の奥さんの料理はいつも美味しかったし、息子さんたちはすごく頼もしかったし、元気なお孫さんと遊ぶのも楽しかった……。
ねえ、もしも火山の聖獣がこれを聞いているなら、教えてほしいんだ。どうして良い人たちが先に死ななくちゃならないんだい? こう言うのは良くないってわかってるけど、この島にはもっと悪いことをしてきた人たちがたくさんいる。それなのに、どうして?
……教えてよ。じゃないと……この世界はものすごく歪で、恐ろしいくらいに不公平ってことに……なっちゃうからさ……。
孤独な旅人の呟き 5
赤い山が怒り狂っている。穢れ多き世界に一石を投じ、欲望にまみれたちっぽけな人間たちの生を糾弾するかのように。
僕はなぜ、こんな危険な島まで来たのだろう。罪に咎められたわけじゃないし、誰かに強制されたわけでもないのに。
……いや、本当はわかってるんだ。この島に来れば赦されるかもしれないと思ってしまった。そう……僕は赦されたかった。赦されたら、この孤独も終わるんじゃないかって、そんな甘い幻想を抱いてしまったんだ。

シリーズ:孤独な旅人の呟き

竜追いテレムの航海日誌 10
やっぱりアイツらは無事だった。まあ、心配なんてこれっぽっちもしてなかったが。
だが……古代人のお嬢ちゃんは攫われちまったらしい。悪の親玉め、えげつねえことするじゃねえか! 逆流する溶岩だかなんだか知らねえが、そんなのはどうだっていい。俺は今、すげえ燃えてる。悪の親玉から仲間を救ってこそ、英雄ってヤツだろ。なあ?

地獄の門

幻獣事典 4
燃え盛る火山の頂上には、聖なる心を宿した幻獣が棲んでいる。筋骨隆々の黒い身体、二本の赤い角、そして周囲に纏った灼熱の炎。幻獣はその荒々しい外見とは裏腹に、麓を静かに見守り続けてきた。
罪の意識に苦しむ人々に赦しを与えるため、幻獣は時折姿を変えて言葉を交わし、彼らの運命に干渉している。しかし、それが火山の聖獣であること気づく者はほとんどいない。人々の記憶すらも書き換えられてしまうからだ。
幻獣は今日も人知れず、皆の苦しみにそっと寄り添っている。

シリーズ:幻獣事典

吟遊詩人の詩 4
一人の囚人が檻の中で呟いた。「僕は罪を償えるのだろうか」。すると若い男の声がした。「全ての罪は、いつか必ず赦されます。正しくあろうとする心を、胸に抱き続けていれば」。囚人が顔を上げると、鉄格子の向こうに見慣れない看守が立っていた。囚人は暗い声で言う。「僕は、正しく生きようとしてきたんだ。それなのに罪に問われた。でも……ずる賢く生きるヤツは間違っているのに捕まらない。正しくある意味なんて……ないんだよ」。
すると看守は囚人を見つめて言った。「全ての行動は、いつか自分に返ってきます。正しき行い、正しき反省を、見ている者が必ずいるからです」。囚人は項垂れる。「こんな暗い檻の中で……誰が見てるって言うんだ」と。
すると看守の優しげな声が聞こえてきた。「あなたが正しくあろうとしてきたこと。あなたが苦しみの海で藻掻いてきたこと。あなたが今も前に進もうとしていること。少なくとも私は全て、知っています」。囚人がはっとして顔を上げると、そこに看守の姿はなかった。囚人の目には、彼のいなくなったその空間に一瞬、小さな炎が揺らめいたように見えた。

シリーズ:吟遊詩人の詩

監獄卿の記憶 1
私が父から監獄卿の座を継いだ日、父に呼ばれ、監獄島の真実を伝えられた。この大地の下にはもう一つの世界があり、古代に作られた危険な機械が眠っている。そして、それらの機械を悪しき者たちに奪わせないことが、私たちに与えられた使命なのだと。
もちろん私は驚いたが、同時に納得がいった。なぜこの島は外部との接触をできる限り避けているのか。もちろん周辺国家から預かった囚人たちをしっかりと管理する目的があることは事実だが、それ以上に何か、より明確な理由があるのではと勘ぐっていたからだ。
人類の未来を守る。その重大な役目に、私はある種の興奮を覚えると同時に、一抹の不安を抱いたのだった。
監獄卿の記憶 2
その晩、私は不思議な体験をした。「火山の聖獣」と直接会話をしたのだ。
緊張した私の前に現れたのは誠実そうな青年で、私は拍子抜けをしてしまったことを覚えている。「あなたが新たな監獄卿ですか」と彼は丁寧な口調で訊き、私が頷くと彼は柔和な顔で微笑んだ。
それから私たちは一晩語り合った。まるで旧来の友人のように私たちは他愛もない会話に花を咲かせたのだ。本当にあれは、楽しい一時だった。
明くる日に彼は消えてしまった。しかし、彼がずっと傍にいてくれるのなら、きっとこの島を守っていくことができる。そして監獄卿としての役目を全うできる。私はそう確信したのだ。
監獄卿の記憶 3
ザルツァイト王国のトルリ公爵から届いた手紙を読んだとき、ついに何かが動き始めたのだとわかった。私の祖先が静かに守り続けてきた監獄島の秘密が暴かれるかもしれない。世界を救おうとする彼らの心に嘘偽りがないか、私自身の目で見極めなければならないと私は自分に何度も言い聞かせた。
あの晩に語り合った青年——火山の聖獣は、この事態をどう見ているだろうか。彼ともう一度だけ話がしたい。いつもよりも静かに煙を噴き上げる火山を見上げながら、私はそう思ったのだった。
竜追いテレムの航海日誌 11
ティルフィ……というかイフリートだっけ? ヤツは幻獣だった。幻獣って、あのセイレーンの仲間ってことだよな? まあ、とにかく良いヤツだったってわけだ。
だが、トルリの旦那はヤツに記憶をいじられて気づけなかったことが結構ショックだったみてえだ。「仕方ねえよ。旦那ももうすぐ棺桶に入るくらいの爺さんなんだから」ってちゃんと慰めてやったんだが、余計にヘコんじまった。なんか間違ったか?

マグマストリーム

天文学者の講義
我々が暮らすこの大地の"形"を、君たちはどう考えているだろうか? 遠くの彼方まで平坦な地面が続き、その先には大地の端がある。そう信じている者が多いだろう。しかし、我々天文学者の間では、この大地が球体であるだろうことはもはや常識となっている。
この大地に端は存在しないのだ。しかし、中心は存在する。我々が立つこの地面の下、大地の中心には何があるのだろうか? もしも火山の頂上からマグマ流に潜ることができれば、その答えがわかるのかもしれない。
聖獣の声 1
地の底の世界で異変が起きていることを、私は知りませんでした。もしも古代の機械を復活させようとする者が来るのなら、それは地上からだと信じて疑わなかったからです。
私はあまりに愚かで、それ故に、私の罪はあまりに重い。あの不届き者に、監獄卿の一族をみすみす殺させてしまったことも……私の過ちです。私は必ず、あの者に罪を償わせます。
聖獣の声 2
監獄卿よ、もう少し待っていてください。あなたの最期の祈りに、私は必ず応えますから。
そしていつかあなたに、謝罪をしに行きます。願わくばその後に、あの晩のような他愛もない会話をあなたと——いえ、それは高望みかもしれません……。
竜追いテレムの航海日誌 12
船でマグマの中に突っ込んで、この大地の下に潜っていくだって? やっぱり大航海ってやべえな!
「どうやって帰ってくんだよ」なんて野暮なことを訊くヤツはいねえ。仲間たちもみんな興奮しちまってる。やっぱり俺たちには、こういうのが性に合ってるな。

月影の巌窟島

酒浸り探検家の忠告
あんたのことはよく知らねえが、こんなクソみてえな酒場で会ったのも何かの縁だ。……あ? 酒がまずいのは事実だろ。いつも金を払ってやってるんだから、てめえはちょっと黙ってろ。
……すまねえ、話が逸れちまった。まあとにかく、あの島に行くのは……やめといた方がいいぜ。俺の知り合いは誰も帰ってきやしねえ。神父の隠し財産だか、貴族の遺産だかなんだか知らねえが、ありゃ罠だ。……俺の勘がそう言ってる。命がなけりゃ、大金を見つけたって意味ねえんだ。バカな考えは捨てて、まずい酒をこうして飲んでる方が……俺は賢いと思うぜ?
無謀な探検家の後悔
クソッ、なんなんだよこの島は……! 最初から確かに、違和感はあったんだ……。船から降りたとき、足元にいた小さな蟹を踏んだ。それ自体はなんでもないことだが、その直後にひどい頭痛に襲われたんだ。健康自慢の俺に、頭痛なんてあり得ないことだった。……思えばあのときに戻っておくべきだった。あの小汚えおっさんの言う通り、俺は財宝に目が眩んだバカだ。
……細かいことはわからないが、おそらくこの島では、俺が何かをすれば"それが俺に返ってくる"。考えろ……。魔物が蔓延るこの島から無事に脱出するにはどうすればいい?
神父の遺言
私の財産の全てを、君に託す。君だけは、私を無下にしなかった。君だけは、私の言葉を信じた。
君がその財産で何を為そうと構わない。それが世の秩序に反することであっても……だ。君のような無辜なる人間が投獄されてしまうこの世界に、完璧など存在しない。善悪の基準さえ、その者の捉え方次第なのだから。君は君が正しいと思うこと——君の為すべきことを為せばいい。私の財産が、その助けになれば幸いだ。
奪われた者の執念 1
平等など、存在するはずがない。不平を声高に唱える者は、善人ぶっている世間知らずだ。公平性というありもしない幻想を追い求める愚者。大した苦労も努力もしていないくせに、自分が劣っている点の責任を社会や他人になすりつけて叫び出し、他人を貶めようとする自分勝手な人間。
そういう人間に限って、自分が優位に立っているときは、何もしようとしない。何も言わない。何も気づかない。本当に公平な世界を作りたいのなら、その醜悪で身勝手な心をまずは改めなければならないというのに。
奪われた者の執念 2
俺は平等な世界を作ろうとは思っていない。ただ、公平性という剣を振りかざして他人を貶める人間に、同様に公平性という剣で身を切られる覚悟があるのか確かめるだけだ。他人の物を奪うのなら、他人に物を奪われても構わないのだろう。ありもしない幻想を身勝手に望むのなら、そのありもしない幻想に殺されても文句を言う筋合いはないはずだ。
さあ……俺から奪った全ての物を、お前たちから奪い返してやろう。人はこれを「復讐」と呼ぶかもしれない。しかし、これはとても公平な——お前たちが嫌いな不平等を是正するための……お前たちが望んだ行為なのだ。
悪魔の囁き
——世の歪みに歪まされし者よ。恨みの炎に身を焦がす覚悟があるか? その魂と血肉の全てを捧げれば、お前に力を与えてやろう。自らの思想に妄執し、その歪みを以て歪みを押しつける"復讐者"としての力。そして、お前の魂の内に眠る……竜の力を。

隠し砦ラスタルファ

見習い機械技師の憧れ
こんな大きな機械獣を設計するなんて、やはりロキさんは天才だよ。機械設計に基礎が必要なことは当然だけど、それ以上に重要なのが新しい発想、つまり独創性なんだ。これ――いわゆる十三番目の機械獣は、独創性の塊だよ。
ロキさんは古代人の真似事だって謙遜してたけど全然そんなことない。設計図を見て私は腰を抜かすほど驚いたんだ。あまりにその……見たことのない要素が多すぎて。私もいつか、ロキさんみたいなすごい機械技師になれるかな。
老舗鍛冶屋の信念
一番目の機械獣が現れたとき、多くの人間が殺された。俺の妻と娘も、その中にいたんだ。そりゃ……怖かったはずだ。
涙はもう涸れちまったし、いつまでも悲しんでても仕方ねえ。だから俺は、とにかく鉄を打つ。俺の打った鉄が、誰かの手に渡り、そして役に立つ。そうやって地道に一つ一つ積み上げていきゃ、いつかきっとあの頃みたいな平和にも手が届く。そうすればもう、俺の妻と娘のような怖い思いをする人間は……生まれねえはずだ。
城壁守備兵の教え
銃って誰でも使いやすいけど、ちょっといまいちな時もあるんだ。基本的には連発が難しいし、威力が銃の性能に依存しちゃう。だから、銃と弓のどっちを使うか、常に臨機応変な対応ってのが重要なのさ。わかった?
大将軍ウルカンのこだわり
我が魂はチェンソーと共にある。どんなに厳しい戦場も、この回転刃と共に切り抜けてきた。
ここしばらくは出番を与えてやることはできなかったが、調整を欠かしたことは一日たりともない。機械も我々の健康と同じ。日々の管理が何よりも重要なのだ。
軍隊長アグニルの気勢
近頃は熱意ある有望な若者が多くて嬉しい限りじゃが、ワシはまだまだ軍隊長の座を後進に譲る気などないぞ! 重要なのは若さではなく、筋力と気力なのじゃ! さあ、今日も筋トレ、鍛錬、稽古、そしてその後に酒じゃ! 機械獣なぞ、いつかワシがこの拳で全部壊してやるからのお!
医官長ヘファエのレシピ 1
この砦に逃げ込んだあたしたちの楽しみは、もう美味しい料理しか残されてないって言ってもいいのさ。限られた食材を駆使してとにかく皆を喜ばせるのは、楽しいったらないね。
砦の裏手にある水脈では、タコが揚がることがある。気持ち悪いって思うかもしれないけどね、塩に漬けたタコをマグマの熱でじっくりと焼いて食べると、これがまあ絶品なのさ。ああ、あたしも早く食べたいねえ。
機械マニアの蘊蓄 1
若くして参謀長まで上り詰めた鬼才ロキ。彼が命を削って設計した独自の機械獣は、まさに「十三番目」を名乗って良い代物でしょう。
十三番目のモチーフは、石と鉄の民に加護を与える炎の聖獣イフリート。御伽話の通り、機械の聖獣が我々を救う救世主となることに、皆が期待しています。
古代人たちが作った十二の機械獣は自律駆動型である一方で、ロキの十三番目の機械獣は搭乗者が操縦する必要があります。この発想もさすがと言わざるを得ません。機械作製で最も難しい部分が、細かい駆動制御と臨機応変な対応を実現することですから。それらを同時に解決するのがまさに搭乗型。彼の発想とその実現能力には、何度も驚かされますね。
竜追いテレムの航海日誌 13
まさか、大地の下にこんなでけえ空間があるなんてな。しかもそこに人間が住んでんだ。やばすぎるだろ。
なんか知らねえが、アイツら今度は地底人たちと戦ってるみてえだ。アイツら、挨拶が終わったらとりあえず戦わなきゃ気が済まねえのかよ。俺たちより血の気多いんじゃねえか?

機械トロッコ坑道

酔いどれ鉱員の証言
俺は見たんだ。誰も信じてくれねえが、ちょっと尿意が我慢できなくてよ、まあその、脇道に逸れてしょんべんしてたんだ。
……そしたらな、遠くからカナリアの鳴き声が聞こえてきた。そう、あのカナリアだ。坑道の毒ガスを検知する鳥。籠から逃げちまったのかと思って、ちょっとあたりを探してみたんだ。でも全然見つからねえ。鳴き声はしてるのに、だ。
それで諦めて帰ろうと思ったとき、ふと気配がして、天井を見上げたんだ。するとな……そこに、でけえカナリアの化け物が、口を開けて……。それで俺は、必死に逃げ出してきたってわけさ。夢中で走ったから、いろんなとこ怪我しちまった。おい……お前は信じてくれるよな?
真面目鉱員の格言
こんな世界で生き延びるには、助け合いが必要なの。機械に無駄な部品が一つもないように、無駄な仕事なんて一つもない。みんなが一人残らず集まって、世界っていう大きな機械が動いてる。
だから、みんなの考え方や得意なことが違うのは当たり前だし、個人の苦手なことに注目なんてしたってしょうがない。それぞれができることや好きなことををやる。それでいいんだって私は思ってる。
ああ、今日こそ珍しい鉱石が見つかるといいな。
篝火守りの希望
篝火は不思議だ。眺めているだけで心が落ち着いてくる。滅びの足音が聞こえるこの世界でも皆が懸命に生きていられるのは、きっとたくさんの篝火が焚かれているからだ。
たとえ俺がこの世界の最後の一人になったとしても、篝火の炎だけは決して絶やさない。俺たちが滅んでも希望は潰えないのだと、奴らに示してやるのだ。それが俺の役目。誰もが絶望するような状況に陥っても、俺だけは絶対に諦めてやるものか。
竜追いテレムの航海日誌 14
昨日の大宴会はヤバかった。地底の料理も酒もなかなかイケてたし、ドワーフのヤツらは気の良いヤツが多くて最高だ。将来はここに住むってのも悪くねえかもな。ちょっと暑すぎんのがアレだがな。
しかしリューゼスのヤロウ、散々自慢話しながら酒をガブ飲みしてたが、今頃ひでえ二日酔いだろうな。てめえはアイツらと一緒に行くんだから、ちょっとは我慢しろっての。まあ、俺も頭がやべえくらい痛えんだがな。

クリスタル峡谷

恋する少女の思いつき
クリスタルってどうしてあんなに綺麗に輝くんだろう? 他にもいろんな石があるけど、目が離せないくらいに綺麗なのはやっぱりクリスタル。
……あ、もしあのクリスタルで指輪を作ってあの人に渡したら、私の気持ちに気づいてくれるかな……? 明日家を抜け出して、クリスタルを探しに行ってみようかな。ちょっと危ないかもしれないけど、大丈夫だよね。私だって石と鉄の民の一員なんだから。
老婆の追憶
最初の機械獣が復活し始めてから、私たちはたくさんの苦労を重ねてきたわ。哀しいことだって数え切れないほどあったの。それでも、私たちはここまで挫けずに生き延びてきた。それはね、きっと皆が手を取り合ったから。一人では倒れてしまうような辛い道のりでも、誰かと励まし合えば乗り越えられる。
戦争は私たちからたくさんのものを奪っていったけれど、同時に私たちはたくさんの大切なことに気づくことができたの。それを抱きしめていれば、私たちはきっとこの戦争が終わる日を迎えることができると思うわ。
機械マニアの蘊蓄 2
私たちは次々と復活を遂げる十二の機械獣から逃げ隠れするように生き延びてきました。しかし、我々の安全を脅かす機械は他にも存在します。機械獣の復活以前からこの世界を彷徨い続けている、「野良の機械」です。
野良の機械の中には、鉱石の採取、部品の作製と組み立て、機械の修復などを自律して行うものもあります。つまり、彼らは自己増殖を行っており、その行為は生物のそれと何も変わりません。まったく古代人の技術は、本当に素晴らしくも恐ろしいですね。
医官長ヘファエのレシピ 2
実はね、食べられる石ってのがあるんだ。初めて食べた奴ってのはちょっとどうかしてるとは思うけど、まあそいつに感謝だね。
黄色く輝くその石は「卵石」って呼ばれてるんだ。固い卵石をお湯に入れて茹でると、石の内部だけが柔らかくなる。冷やしてから"殻"を剥くと、中からぷるぷるの"卵"が出てくるってわけさ。
これをそのまま食べてもいいけどね、さらに一手間、貴重な暗黒唐辛子ソースを掛けてからパンに挟んで食べるとこれがまあ爆発するくらいに刺激的で最高なんだ。あの堅物大将軍もこれが大好物でね。心労が溜まってそうなときに持って行くと、機嫌が簡単に良くなるのさ。
竜追いテレムの航海日誌 15
俺たちはドワーフのヤツらに呼び出されて、地上のことを根掘り葉掘り聞かれてる。まあわかる分は俺も答えてはいるが、俺たち船乗りは頭が良いわけじゃねえから、だいたいはトルリの旦那が答えてくれる。こういうときはホント頼りになるぜ。
だが、トルリの旦那、ロキとかいう車椅子のヤツを随分と気に入ったみてえだ。「地上でも滅多に見ないほどの逸材だ!」とかなんとか、目を輝かせて叫んでたな。ありゃまずいぜ。旦那は、天才の原石やら才能の光る子供やら、そういうのを見つけたらすぐに金で囲って育てるのだけが生きがいの超人材育成マニアだ。ロキとかいうヤツを養子にするとかそのうち言い出すんじゃねえか?

禁足の風穴

ボロボロの鉄看板
私はあの日、ロキを誘って禁足の風穴を登りました。深い暗闇が続く縦穴の先に地上が見つかれば、みんなが助かる。そんなふうに思ったことは確かです。
しかしそれと同時に、両親を亡くしたばかりの私は、何かに縋っていないと耐えられなかったのでしょう。そして縋ったのは、ロキがくれた「青空はきっとある」という言葉でした。
……あの頃の私は幼くて、愚かでした。
少女メーシャの後悔 2
私たちはまだ子供でしたから、風穴を登るのは簡単なことではありませんでした。ですが、あのときの私の心は希望に満ちていて、失敗など想像もしませんでした。危険な場所も、ロキと二人なら乗り越えられると信じて疑いませんでした。
機械獣の復活からずっと不安げな顔をしていたロキもとても楽しそうにしていて、もうこのままずっと二人で風穴を登り続けるのもいいかもしれないと、そのようなことすら思っていました。
少女メーシャの後悔 3
頂上に扉が一枚だけあるのを見たとき、私は確かにとても落胆しました。しかし、それ以上にロキのことが心配でした。ロキは全部の自分のせいと考えるのではと思ったからです。本当は私が無理矢理誘ったのが原因なのにもかかわらず、です。
だから帰り道に私たちが足を滑らせたあの瞬間、私はすぐに「罰が当たったのだ」と思いました。そして、落下している間、私はロキの瞳を見つめて願いました。「悪いのは私です。どうか罰を与えるのは、私だけにしてください」と。
少女メーシャの後悔 4
願いは叶いませんでした。私は右腕を失っただけで済んだのに、ロキの両足はもう二度と動かなくなりました。私の罰の方が、ずっと軽かったのです。
だから私は、決めました。いつか重い罰を受けるその日まで、ロキを支え続けると。
それにロキは、「青空がきっとある」と言ったことを後悔しているようでした。でもそれは私にとって、希望の言葉だった。だから、もう一つ決めました。ロキを嘘吐きにしないために、ロキを後悔させないために、私だけは地上の存在を——奇跡を信じ続けると。
竜追いテレムの航海日誌 16
地底世界では、太陽も月も見えねえ。どれくらい経ったのかが全然わからねえから、なんか変な感じだ。
だが一応、地上の昼と夜にあたる時間で、風向きが変わってるみてえだ。ああ、ちょっと太陽が恋しくなってきた。やっぱり将来ここに住むのはやめにしよう。俺には太陽の下で潮風に当たってるのが合ってるぜ。

機械技師ヴァーニアの識界

機械技師ヴァーニアの思い出 1
私は魔法が苦手だった。ううん……苦手なんてもんじゃない。ぜんぜん、これっぽっちもできなかったんだ。
「ダークエルフなのに」。私はその言葉が大嫌いだった。私のことを気に掛けてくれる優しい人もいたけど、それでも自分がどうしようもなくダメな人間だっていう意識はずっと拭えなかった。
でも、村の裏山で古代の機械の残骸を見つけたあのとき、私の胸の奥にずっと引っかかってた何かがすとんと落ちて、目の前の景色が急に鮮やかになるのを感じたんだ。
機械技師ヴァーニアの思い出 2
あの日から私は、機械製作にのめり込んでいった。はじめはガラクタばかり作ってたと思う。でもとにかく試作して、失敗して、また試作して。私にはそれが楽しかった。魔法の練習では決して味わうことのできなかった成長が、そこにはあったから。
私はいつも油と煤まみれで、工具を腰にぶら下げて、鍛冶屋に通ってた。「女の子なのに」。そんな言葉も耳にするようになったけど、もう気にならなくなってた。"好き"ってそういうことだって、わかったから。
機械技師ヴァーニアの思い出 3
機械についてちゃんと勉強するために、私は町を出ることにした。そして、アルテスと出会ったんだ。みんなとの冒険は、本当に楽しかった。世界中に残された機械を研究して、身体の不自由な人に機械の補助具を作ってあげたりした。そのうち「慈悲の機械技師」なんて呼ばれるようになって、私は思ったんだ。もう私は"ダークエルフ"でも"女の子"でもなく、"機械技師ヴァーニア"として生きられるようになったんだって。
冒険の果てに、私たちは選ばなくちゃいけなくなった。みんなが幸せになるためにはどうしたらいいか。考え抜いた末に決断した。でも、新たな苦しみもたくさん生まれてしまった。……勝手だって思うかもしれないけど、あとはあなたたちに全部、任せたい。お願い、この世界の苦しみを救って。あなたたちの慈悲で……ね。
アルテス・デンドルライトへ 3
正直に言うとね、アルテスって、私からするとあんまり論理的じゃないときがあると思うんだ。だってさ「それは難しいんじゃない?」って思うような提案も、平気な顔でするんだもん。でもその論理を超えた理想っていうのが、私にはすごく魅力的に見えたの。
それに私は……すごく感謝してるんだ。アルテスは私の機械好きの部分を、ちゃんと認めてくれた。「堂々とすればいい」ってあなたが言ってくれたから、私はここまで来られた。本当にありがとう。また、みんなで冒険したいね。永遠の時間があったから、新しい機械をいろいろ考えてたんだ。ふふ、披露したらみんなどんな顔するかな?
竜追いテレムの航海日誌 17
城壁の上に登って遠くを見りゃ、赤い海が広がってる。そんで普通にキカイってヤツが動き回ってる。
しかしまあ、ドワーフのヤツらはよくこんな場所でずっと生き延びてきたぜ。しかも、ヤツらは全然暗くねえんだ。希望ってヤツを持ち続ける大切さを知ってんだろうな。リューゼス、頼んだぜ。ヤツらがこれ以上苦しむのは、見てられねえや。

地底大水脈

温泉好き兵士の迷い
隠し砦ラスタルファは機械の攻撃が及ばないから良いんだが、一つ不満があるとすれば……温泉がないってことだ! もちろん砦にも水源はあるが、温泉として使えるかっていうとかなり微妙だ! やっぱり入るってなったら、大水脈の温泉群だろ! 入りに行きたくてたまらないが、機械や魔物に襲われたらひとたまりもない! どうする、俺! 命懸けで行くか!?
……いや、よく考えろ。無事に帰ってこれたとしても、もし抜け出したことが大将軍にバレたら、あのチェンソーで……。どうする……俺?
機械マニアの蘊蓄 3
機械の中には、蒸気の力を利用して駆動力を上げているものが存在します。これらの機械はオリハルコン単体で駆動する機械に比べて破壊力が高い傾向にありますが、その一方で大量の水を必要とするという欠点があります。水辺が近くにない場合はガス欠状態になり、動けなくなるということも珍しくありません。
逆に言えば、水辺に現れる機械が蒸気式であることが多いため、その破壊力には十分気をつけるべきでしょう。
ホラ吹きオヤジの戯言
大水脈ってあるだろ? あそこの水の流れを遡っていくと、「奇跡の源泉」に辿り着くって伝説があるんだ。え、何が奇跡かって? そりゃ、入ったらなんかすげえことが起きるんだろ。たとえば……どんな病気や怪我も一瞬で治っちまうとか、そんな感じだ。あ? これくらい曖昧な方が、伝説っぽいだろ? なんでもかんでもわかってたら、伝説じゃなくてただの事実じゃねえか。
竜追いテレムの航海日誌 18
やべえぞ。十一番目のキカイジュウってヤツが復活しちまったんだと。急いでアイツらを拾いに船で向かってるが、マグマの海はちょっと勝手が違え。こりゃ時間かかるかもな。
それにしても、銃ってヤツを少し練習しといて良かったぜ。弓とは違えが、真っ直ぐ弾が飛んでく感じも悪くねえ。それに、何度見てもかっこよすぎんだよなこの銃。そして似合ってるな、俺。

レッドコースト

機械マニアの蘊蓄 4
古代人が封印したという十二の機械獣。これらは十二の生き物がモチーフにされています。古代人にどのような意図があったのかまではわかりませんが、彼らはそれぞれの機械獣の性能すらもモチーフにした生き物に似せたのです。
たとえば、十一番目の機械獣は兎型。兎型は小さな身体を持ち、複数体が群れを成して行動すると言われています。ここから私の想像になりますが、小型にした分、回避性能を大きく上げているのではないでしょうか。どれくらいの数が群れを成すのかはわかりませんが、他の機械獣と同様に大きな脅威であることに変わりはないでしょう。
竜追いテレムの航海日誌 19
十一番目のキカイジュウが復活したっていう報告から船が出航するまでの前に、ドワーフのヤツらがせっせと船に大砲を積んでった。その手際の良さにも驚いたが、この大砲のかっこよさにも驚きだ。すっげえよ、こりゃ。ああ、一発ぶっ放してえな。リューゼスのヤロウの驚く顔が、早く見てえぜ。

燃える大海

誰かの絶望
これまで、十近くの機械獣を退けることができたのは奇跡なんだ。しかし奇跡が長く続くことはない。いつかこの世界は、あの燃える大海に沈んでしまう。
皆、わかっているはずなんだ。わかっているはずなのに……それでも、希望を捨てないでいる。僕には、わからない。結末を知っているのに足掻き続ける意味を、誰か教えてくれ……。
参謀部老兵の見解
この海へと流れ込むマグマの量、そして海からどこかへと流れていくマグマの量、さらにそれらの流れの道筋は、時々刻々と変化している。そのため、マグマの海は、ゆっくりとその姿を変えているのだ。
機械獣が復活を始めた頃、海に溜まったマグマの量は今ほど多くはなかった。マグマの海が拡大を続けてきたことから、隠し砦ラスタルファもいつかマグマに沈んでしまうのではないかと危惧する者もいるが、それは杞憂と言って良いだろう。そこまでマグマの水位が上がるより先に、マグマはクリスタル峡谷へと流れ込むと予想できるからだ。もちろんそれを想定した上で、かつて我々は隠し砦の位置を決めたのだ。
竜追いテレムの航海日誌 20
リューゼスのヤロウもアイツらもくたばってなくて良かった。これがまさに、カンイッパツってヤツだな。へッ、難しい言葉、使っちまったか?
まあ、これからが最終決戦、悪の親玉とご対面ってトコか。ずいぶんと待たせちまったみてえだが、あの古代人のお嬢ちゃんは無事か? もし間に合わなかったら夢見が悪い。……急がねえとな。

機工都市アルマニア

斥候の監視記録 1
私は機構都市アルマニアを数人の仲間と交代で見張ってる。機械獣が復活したら共鳴石を使ってすぐに大将軍に連絡を入れるの。いつ復活するかはわからないし、仕事のほとんどは待つだけの時間。野良の機械や魔物に襲われることもあるし、危険な仕事だってことは承知の上。
だけど、私たちの報告に皆の命が懸かってる。だから私は今日も都市を監視するの。
斥候の監視記録 2
機械獣の復活のペースが明らかに早くなってる。九番目の牛、十番目の虎、十一番目の兎。これらの復活は本当に立て続けだった。十二番目の機械獣——竜型の復活もきっと近い。私たちはいったいどうなるんだろう。
突然降りてきた地上人のことは、私の耳にも届いた。ヴァーニアの言い伝えみたいに彼らが現状を変え得る灯火になってくれるかどうかは私にはわからない。だけど、どのような形であれ、この戦いはもうすぐ終わる。それが皆にとって"良い終わり方"であることを、心から願ってる。
壁に刻まれた遺言
地獄の蓋が開いてしまった。俺はここで死ぬのだろう。どうかこれを見ている者よ。この地獄にもう一度、平和を——。
とある機械技師の考察
人にあって、機械にはないもの。それは「感情」だと誰かが言った。しかし、私はそうは思わない。優れた機械を観察していると、「確かに感情があるのではないか」と思う瞬間は少なくない。
機械も壊されることを恐れ、人を殺すことを嫌い、正しく生きたいと願っているのではないだろうか。機械を人殺しの道具にしているのは、他ならぬ人間自身だ。私たち機械技師は、如何にして機械と共に生きていくか。それを考え続けなければならないのだろう。
機械マニアの蘊蓄 5
いにしえの時代に機械技術が著しく発展したきっかけの一つには、「オリハルコンの発見」があったと考えられています。オリハルコンは謂わば心臓であり脳。機械を動かす駆動力を生み出し、機械に人間の指示を伝え制御する奇跡の鉱石です。オリハルコンを機械に埋め込むことで、機械により複雑で繊細な動作をさせることが可能になりました。また、強い命令を刻み込めば、機械を自律駆動させることも可能です。しかし、私たち石と鉄の民は、自律駆動型の機械を作ることはほとんどありません。機械は人のための道具。自律させることで、機械が人の思惑を超えた行動を行うことの恐ろしさを、私たちは痛感しているからです。
古代の戦禍 1
古代人たちが作り上げた機械は、人々の生活を便利なものに変えた。世界は目覚ましく繁栄し、繁栄はさらに加速していったが、いつの間にかその速度は人が制御できるほどのものではなくなっていた。繁栄が暴走する先には、滅びの未来が口を開けて待っているにもかかわらず。
古代の戦禍 2
古代人の機械はいつしか、権力者の欲望を満たすための兵器となっていた。各地で戦争が勃発し、数多くの町が消し飛び、大勢の古代人が死んだ。特に猛威を振るったのは、帝国が保有する兵器——十二の機械獣だった。帝国は周辺国家を蹂躙し、世界の頂点に立ったかと思われた。
古代の戦禍 3
しかしある日、帝国から十二の機械獣が忽然と姿を消した。機械兵器の根絶を唱える中立国家の仕業であることは誰の目にも明らかであったが、如何にしてそれを成し遂げたのかは不明だった。それから、十二の機械獣は彼らの領土である火山島の地底深くに封印されたという噂が流れたが、それが真実であることを確かめる方法は存在し得なかった。
古代の戦禍 4
十二の機械獣の消滅で、戦争は終結へと向かうかと思われた。しかし帝国の弱体化に伴い、世界の均衡が大きく崩れたことで、新たな戦争が始まることになったのだ。人の欲望は、そう簡単に尽きることはない。古代人は終わらない戦争に疲弊したまま、そして滅びの日を迎えることになった。
竜追いテレムの航海日誌 21
この都市が毒霧に覆われてるのは、一番最初に復活したっつう蛇のキカイジュウの仕業らしい。そいつの復活はロキとかいうヤツが子供の頃のはずだから、もう10年くらい前になんだよな? そんだけずっと毒霧が消えねえって……どんだけやべえキカイなんだ。そんな人を不幸にするようなモンを作って、古代人はいったい何がしたかったんだよ。てめえの欲を満たしたいって気持ちはわかるが、だからって悪いことをするってのは……やっぱ違えだろ。

篝火の鋼鉄霊廟

扉に書かれた古代文字
人の欲望によって世界を憎まされた機械獣たちよ、我々を赦してくれ。真に罪を償うべきは我々人間だというのに、我々は機械にその責任を負わせている。
扉が閉じられても、機械仕掛けの篝火がお前たちを照らし続ける。我々はお前たちを、決して忘れはしない。
篝火に書かれた古代文字
人の欲望によって世界を憎まされた機械獣たちよ、安らかな眠りに就け。お前たちを正しく扱う方法を知る者たちがいつか現れるまで。我らの知らぬ彼らに託す。どうか正しき道に導いてくれ。忌み嫌われてしまった機械獣たちと、この機械仕掛けの篝火を。
内なる声 1
お前を生み出したのは、人間たちの罪。全ての人間たちに罪を償わせるのはお前だ。それがお前の使命。それがお前の意志。それがお前の悲願。世界を真に救えるのは、お前しかいないのだから。
内なる声 2
世界を救うには、お前の傍に眠る十二の同胞たちの覚醒を促すといい。十一番目までは、お前一人でもできる。そして古代人の生き残りと共に十二番目を復活させるのだ。さすれば、お前の悲願は叶うだろう。
内なる声 3
罪人には罰を。罰の後には救いを。停滞した世界には救済を。お前は謂わば"機械仕掛けの神"。世界を終わらせ、世界を再生させる者。さあ、救世を始めようではないか。
十二の問い
十二の機械は、天に問う。何故、壊さなければならないのか。何故、殺さなければならないのか。何故、傷つけられなければならないのか。何故、恨まれなければならないのか。しかし、答えはない。
十二の願い
十二の機械は、天に願う。この暗闇の中で、永遠に眠らせてほしい。そして、もしも覚醒の時が訪れてしまったら、破壊してほしい。世界の全てを、破壊してしまう前に。しかし、答えはない。
零番目の漆黒
神が自らに似せて人を造ったように、人は自らに似せて機械を作った。しかし、人が神になれないように、機械は人になれなかった。人型の機械は"なかったこと"にされ、漆黒の闇の底に棄てられた。そして人々は死に、機械の存在は忘れ去られていく。誰も知らない漆黒の世界には、人になれなかった哀れな機械だけが、たった一つ残された。
竜追いテレムの航海日誌 22
ザルツァイトの肥溜めみてえな場所で生まれた俺は、そりゃひでえ生活を送ってた。周りのヤツらはそのうちやべえ海賊船に乗って当然のように犯罪に手を染めるようになったが、俺は弱いヤツらから積荷を奪うような船には絶対に乗りたくなかった。その"一線"を越えたら、きっと野良犬と同じになっちまうって思ってたんだ。
バカで他にできることもねえくせに、変なプライドだけは持ってた。周りのヤツらにも見放されたさ。でも、ついに野垂れ死ぬかってときに、リューゼスのヤロウの船の噂を聞いたんだ。最高にかっこいいって思った。俺の居場所はそこなんだって、本気で思ったのさ。
……まあ、その何が言いたいかっていうと、悪いことをするのは良くねえってことだ! あ、姫様の誘拐は結果オーライってことで、ノーカンだからな?

地竜の森

ドワーフ地図師の記録 1
私はその日も未開の地を歩きながら、白紙の地図を埋めていた。機械獣の脅威が及ばない場所を探すためには、この世界の正確な地図が必要だったからだ。もしもあらゆる条件を満たした"楽園"が見つかれば、怯えて暮らす必要はなくなる。私の肩には、皆の命が懸かっていた。
ドワーフ地図師の記録 2
「地震か?」と思ったときには、既に遅かった。私の足元の地面は崩れ始めていて、崩落から逃れる術は残されていなかったのだ。
落下する感覚、そして暗転。やがて意識を取り戻した私が松明を掲げると、緑で満たされた景色が見えた。草木が生え並ぶ広大な空間。ここは天国だろうか——? 私は何故か、そんなことを思った。
ドワーフ地図師の記録 3
見上げると、天盤に小さく穴が開いているのが見えた。私がその穴から落下したのだとすぐにわかった。残念ながら、登ることはできそうにない。私はどこか別の"出口"を探すことにした。
生還は絶望的にも思えたが、私はあまり深刻に考えてはいなかった。この森は私たちの"楽園"になり得るかもしれない。私の地図師として使命が、痛む身体を突き動かしていた。
ドワーフ地図師の記録 4
森には多くの魔物が蔓延っていたため、私は慎重に探索を続けた。しかし、歩き続けてどれくらい経ったのか、やがてわからなくなった。鞄に入れてきた食料は底を突き、木の実で飢えを凌ぎながら、それでも私は地図を描き続けていた。この地図が皆を救うのだ。そう自分に言い聞かせることで、生にしがみついていたのだと思う。
ドワーフ地図師の記録 5
しかし、灯火もいつかは消える。朦朧とする意識。希望がひび割れる音。死の気配——。駄目かもしれない。そう思った瞬間だった。
私の目の前には「竜」がいた。忘れることなどできるはずもない。あの巨体。あの瞳。あの鼻息。私をじろりと睨み付けたその茶色い竜が、私の命を救ってくれたのだから。
ドワーフ地図師の記録 6
そこは色とりどりの花が咲いた美しい空間だった。呆然とする私に、茶色い竜は言った。「迷い込んだ人間はお前か……。ここで死にたいか? 生きたいか? 選べ」。口調はそっけなかったが、私にはどこか暖かさを感じたことを覚えている。私は「生きたい」と答えた。すると竜は鼻息を一つ漏らして言った。「人間は、どいつもこいつも傲慢だ」と。
ドワーフ地図師の記録 7
それが最後の記憶だった。目を覚ますと、私は仲間たちに囲まれていた。皆に聞くと、私は崩落場所の近くで倒れていたそうだ。地図も含めて、持ち物は全てなくなっていた。体調が回復した後、現場にもう一度行ってみたが、森の入口を見つけることはできなかった。「夢でも見たのだろう」と皆は言った。
竜は私たちを、人知れず見守ってくれているのではないだろうか。もしもそうならば、きっと私たちの未来は明るい——。私はそんなことを考えながら、また地図を描き始めたのだった。
竜追いテレムの航海日誌 23
おいおい、都市を動き回ってた機械が、急にピタリと全部動かなくなったぜ。なんか、時間が止まってねえか?
……これ、雷竜んときと同じじゃねえか? 大丈夫かよ、アイツら……。

地竜の花畑

地竜の怒り 1
人間はまるで成長する様子がない。失敗のたびに反省した様子を見せるものの、やがて必ず同じ失敗をする。実に滑稽な生き物だ。その一方で、自らの実力不足を棚に上げ、理想を掲げて突き進もうとすることもある。実に傲慢な生き物だ。なんとも……泥臭い。
だが、その滑稽さ、その傲慢さ、その泥臭さこそが、神々を名乗るあの不届き者どもとの決定的な差。あやつらの喉元を噛み千切り得る、鋭い牙だ。
地竜の怒り 2
我は世界が滅びようと構わない。だが、我が翼を気まぐれにもいだあの不届き者どもがのさばっている現状だけは許し難い。あやつらの思惑通りになどさせてなるものか……。この恨み、この苦しみ、この憤りを、いつかあやつらに叩き込んでやろう。だが、今まだその時ではない。
地竜の怒り 3
……人間たちは実に頼りない。アルテス・デンドルライトも大口を叩くくせに、一度たりともあやつらの元に辿り着いていないではないか。無駄な協力をしても、あやつらに我の存在を明かすだけになってしまう。我の存在は、おそらくあやつらにとって想定外。だから待つのだ。最もあやつらを悔しがらせることができる、最高の瞬間を。そして、あやつらの元に辿り着き得る、見込みのある人間の登場をな。
竜追いテレムの航海日誌 24
クソッ、全然戻って来ねえじゃねえか。アイツらどうなってんだ?
しかし……よく考えたら姫様もアイツらと一緒にいんだよな? 姫様がかなりヘンなヤツってことは知ってるが、それでも歌が上手えだけのお嬢様だったはずだろ? アイツらについていくって、姫様って結構やべえヤツなんじゃねえか……?

ワールズエンドクレーター

終末伝説 1
この世界は一度、終わりを迎えた。焼き尽くされた大地。ある一族だけを残して滅びた古代人。動き続ける機械兵器。地面に開けられた大穴。それが世界の終わりの姿だった。
終末伝説 2
神は、その偉大なる力で世界を再生させた。新たな人類。新たな文明。平和な世界だった。世界を大洪水に呑み込ませ、全てを破壊しようとする悪しき存在が現れるまでは。
終末伝説 3
大洪水は、英雄たちによって防がれた。しかし、その代償に何を失ったのか。それを知る者は少ない。彼らが未来を守るために差し出したものは、「可能性」だった。
終末伝説 4
世界は終わり、また新たな始まりを迎える。終末を終わりなく繰り返す世界。それは、永遠の安寧と言えるのか? 否。それは、永遠に明けることのない夜。あるいは、永遠に終わることの許されない拷問である。
竜追いテレムの航海日誌 25
おいおい、竜のキカイジュウが復活しちまってんじゃねえか! ありゃやべえってことくらいは、俺にもわかる。
アイツら、また別の茶色い竜の背中に乗って、天盤に開いた穴を登って行っちまった。リューゼスのヤロウが俺たちの方を見て腕を上げてたが、あのヤロウらしいと言えばそうだな。どんなやばい状況でも自信満々で、なんとかなるって思ってる。だから俺たちは、リューゼスのヤロウにここまでついてきたんだ。アイツらなら本当に世界を救っちまうんじゃねえかって俺は思ってる。……頼んだぜ?

ドワーフの試練遺跡

若きドワーフの過信
成人の儀式といっても、真面目にやる必要は一切ない。ある程度まで進んで戻れば晴れて成人。形骸化した伝統ってヤツだ。
だが、俺は今回最奥部まで踏破してやろうって思ってる。遺跡の奥まで行ったことのあるヤツはいないらしい。この俺なら余裕だろう。ふっ、俺の武勇伝の始まりだ。
若きドワーフの不安
なんでこんな危険なことしなきゃいけないんだろう……? 何もしなくても人は歳を取って成人になれるじゃないか。だったらこんな儀式、必要ない。大人たちの自己満足だろ……? 僕が偉くなったら、まずはこの儀式を廃止させよう。この世界には、無駄が多すぎるよ……。
若きドワーフの呆れ
大して強くもないくせに奥まで行くって言ってるバカもいるし、腰が抜けて全く役に立たない臆病者もいるし、最悪だね。こんなんが一緒に成人する仲間だって思うと、泣けてくるよ。
ま、あたしがなんとかすればいいか。ぎりぎりの戦いってのを演出しつつ、適当なとこで引き返して、終わり。ああ、早く帰って温泉に入りたい。
巨人の秘宝の噂
我ら石と鉄の民が巨人の身体から生み出されたという説があることは、皆も知るところだろう。しかしその巨人は今どこにいるのか? 実は、かつて成人の儀式に用いられていた遺跡の奥で、巨人の姿を見た者がいたというのだ。
どうやら巨人は、その遺跡の奥深くで秘宝を守り続けているらしい。巨人に力を示せば、その秘宝が与えられるという。……腕に覚えのある者たちよ。遺跡に挑戦してみてはどうだろうか?

無明の最深層

探索班の報告 1
我々は昇降機に乗り込み、最深層へと向かった。金属の箱が揺れ、鎖がぶつかり合う音だけがあたりに響いている。思っていたよりもずっと深い。まるで大きな化け物の胃の中へと送り込まれているかのような……どんよりと粘り気のある闇に深く呑み込まれていく。皆、黙っていた。
やがて昇降機が止まった。開いた扉から、一人、また一人と警戒しながら歩み出ていく。正面の暗闇を睨みながら、私も一歩を踏み出した。
探索班の報告 2
探索を始めてから、すぐにわかったことがある。この最深層では、闇が光を呑み込んでしまうということだ。通常、光があればその分、闇は晴れていく。ここではその逆の現象が起きるのだ。有り余るほどの闇の存在が、我々が持ち込んだ光を弱めてしまう。
あたりを照らすには、通常の松明では心許ない。天盤も壁も見えない暗闇にたった一人残されたらと思うと足が竦む。……次に潜る際には、強く発光する物を持ち込む必要があるだろう。
探索班の報告 3
皆、息が荒い。かく言う私もそうだ。まるで質量のある闇が身体に纏わり付いているかのように、身体が重い。ただ歩いているだけで、体力を消耗するほどだ。
……そろそろ引き返すべきではないだろうか。この最深層に長居してはいけない。私の身体の奥深くから本能がそう訴えかけてくるのだ。班長も同じことを考えたのだろう。班長が撤退の号令を掛け、私は胸を撫で下ろした。しかし、そのときだった。暗闇の先からひたひたと何かが歩み寄る足音が聞こえてきたのは……。
探索班の報告 4
我々は息を殺し、暗闇を静かに後退した。まるで我々を追い詰めるかのように足音は次第に増えていき、時折、耳を塞ぎたくなるような不快な機械音が混ざった。皆、恐怖と声を抑えるのに必死だった。
昇降機が暗闇の奥に見えたとき、我々は一斉に駆け出し、金属の箱の中へと滑り込んだ。扉が閉まり、箱を吊した鎖が巻き上げられていく。……生還したのだ。恐ろしい魔物や機械の姿を見たわけではない。そこには暗闇と何者かの気配があっただけだ。しかし我々は、ひどく精神を消耗していた。あの闇の奥に何が隠されているのか、知る必要は本当にあるのだろうか……?
とある古代人の手記
十二の機械獣に匹敵する——いや、あるいはそれらを凌駕する一対の機械兵器を、私は作り上げることに成功した。あまりの興奮に私の両手は震え、心臓は痛いほどに脈打つ。……しかし、本当にこれらを世に放ってもいいのだろうか。一研究者としての溢れ出る好奇心と、一人間としての常識的な倫理観がせめぎ合い、衝突を繰り返している。ああ、私は罪深い。なぜ神はどうしようもなく愚かな私に、これほどの才能を与えたのだ……。
創造と破壊の混沌
右手に創造の天使が舞い降り、左手に破壊の悪魔が棲み着くとき、合わせた両手からは小さな混沌が生み落とされる。混沌は次第に拡大し、やがて世界全体に飽和する。人はその現象に抗う術を、持ち合わせてはいない。ただ、為す術もなく為されるがまま、創造と破壊の輪廻に囚われる運命にある。

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Last-modified: 2022-01-24 (月) 15:34:36
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